「クリスマス ~人となられた神の子~」

2017年12月24(日)
新城教会牧師 四元雅也
ルカの福音書2章1節〜14節

『そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストから出た。これは、クレニオがシリヤの総督であったときの最初の住民登録であった。それで、人々はみな、登録のために、それぞれ自分の町に向かって行った。ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。彼は、ダビデの家系であり血筋でもあったので、身重になっているいいなずけの妻マリヤもいっしょに登録するためであった。ところが、彼らがそこにいる間に、マリヤは月が満ちて、男子の初子を産んだ。それで、布にくるんで、飼葉おけに寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現れて、神を賛美して言った。「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」』

 ハレルヤ!メリークリスマス! お近くの方にもお互いに、「メリークリスマス!」と挨拶してみましょうか。
 今日はクリスマスイブですが、クリスマスのすばらしい礼拝の時を、みなさんとご一緒にこうして守ることができますことを心から感謝いたします。
 今日は、二十四日ですが、新城教会では先週、クリスマス礼拝としてプログラムが持たれました。ゲストも二つ出ましたし、順先生もその時メッセージをされました。私は礼拝メッセージの当番を決める担当ですが、今回十二月二十四日が私の担当になるということに、ちょっと恐怖を覚えていたのです。でも「大丈夫。大丈夫。十七日がクリスマス礼拝だから、二十四日は普通の礼拝!」と心に言い聞かせていたわけなんです。しかし、先週スタッフ会があった時に、主任牧師より「来週もクリスマス礼拝ですのでよろしく!」と言われまして、僕も「やっぱり!?そうなんだ!」と思って、その日から緊張しておりました。
本来は主任牧師がメッセージをするのが、やはりふさわしいと思うのですが、私のような若輩が立たせていただいております。
そのためか、さすがに見ました。夢で自分が「メッセージしている」場面を!しかも、場面設定がおかしくて、今私は十数年前に家を建て、新城市の大宮という所で私の両親と一緒に暮らしているのですが、なぜかそこでは二十年以上前の、私が独身の頃に両親と暮らしていた、両親が建てた昔の家でメッセージをしているのです。そしてメッセージをしていましたら、急に外が暗くなって、見ると竜巻が襲ってくるのです。そして「みんなふせろ!」とか言って、壁際に身をかがめたら、どーん!と、竜巻が家にぶち当たって、なんとか持ちこたえてやり過ごしたら、第二、第三の竜巻が来るわけです。「えーっ!?まじか!」と言うところで、はっ!と目を覚ましましたら、夜中に机でパソコンに向かってメッセージを考えながら、うたた寝していたのです。

そんな中で今日はメッセージしますが、この夢が預言的にならなければいいが、と思っていますので、みなさんで祈りながら聞いていただきたいと思います。

 今、聖歌隊のすばらしい賛美がありまして、十分間くらいでしょうか。すごい大曲をクリスマス礼拝に合わせて用意して下さいました。聖歌隊の方たちは毎年クリスマスに合わせて大曲を仕上げて来られます。今年も四ヶ月くらい練習されていました。私の家内も聖歌隊に入らせていただいているので、この間家でもずっと練習するわけです。教会の練習を録音したりしてです。それで、練習すると、本人もどこを歌っているのか分からなくなっちゃったりして、あれだけ長い曲ですからね。
 僕も聞いてると覚えちゃうくらいです。グローリーフィカームステー♪とか言って、そんなことを家でも何回もくり返し聞いておりました。今朝は家内も緊張していたらしく、私が朝、居間で静かにしていましたら、起きてきまして、あ、早く出てきたな。メッセージ前の僕にいつもより手の込んだ朝食を作ために来たのかなと思ったら、「今日はめずらしく目覚ましが鳴らない前に起きてきちゃった」といっていました。
そんなわけで、こんなすばらしい演奏を、クリスマス礼拝に歌ってくださったことを、心から感謝します。

 聖歌隊の皆さんは毎年違う曲を挑戦されます。僕なんかは去年の曲をまた聞かされても全く気がつかないだろうと思うのですが。でも毎年新しい曲を挑戦してくださることはすばらしいと思います。

 クリスマスの集会が忙しく続けられておりますが、みなさんに写真で紹介してみたいと思います。

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 これは十二月九日に行われました子どもクリスマスの写真です。今年もダイジョバンが出ました。二百八十名くらいの子どもたちが集まりました。

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 これは十三日に行われました水曜クリスマス祝会です。平日の午前中にもかかわらず、こちらの予想以上の大勢の方が集まってくださり、舞台裏ではちょっとバタバタしたところもあったのですが、祝福されたすばらしい集会を持つことができました。

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 これが十六日に行われた親子クリスマスです。子どもクワイヤーとか、クリスマスリースの創作とか、お菓子作りとか、いろんな楽しいプログラムが持たれていました。

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 これが先週のクリスマス礼拝です。オーバーカマーズのみなさん、子どもバンドのみなさんが素晴らしい賛美をしてくださって、またゴスペルランチの時も持たれました。

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 そして、これが昨日の夕方行われましたレツプレクリスマスです。六十数名が集まり、二十二名の求道者が来られて、いつもよりは少ない人数でありましたが、その分落ち着いた雰囲気で、み言葉もすごくまじめにみなさん聞いておられて、すばらしい時でした。毎年そうなんですが、初めの準備から食事作り、そして集会の特別賛美や、また最後の片付けまで全部中高生のみなさんが主体となって、やってくださいました。本当にすばらしい集会でありました。

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 こちらは明日行われますクリスマスフェスティバルです。明日は夕方六時半から持たれます。美味しい食事を新城教会のシェフ夏目栄子さんが中心になって作ってくださって、またヘブンリーキングダムも歌いますし、順先生もメッセージされるので、ぜひみなさん足を運んでいただきたいなと、そのように思います。
 ここで紹介したクリスマス集会以外にも、昨晩はインターナショナルクリスマスがあったり、今日の夕方もインターナショナルのクリスマス礼拝があったり、その他小さな伝道集会やコンサートも各地で持たれていまして、大変忙しい中にあるのですが、みなさんに祈っていただいて、今日まで守られておりますことを心から感謝したいと思います。

 それではメッセージに入らせていただきたいと思います。先ほど上條先生にルカの福音書二章一節〜十四節まで、有名なクリスマスの出来事について書かれた箇所を読んでいただきました。聖書はこんなに分厚くて辞書のように見えるし、内容を見てもなかなか難しくてとっつきにくいところがあるかと思いますが、聖書って一体どんな本なのでしょうか?
ルカの福音書を書いたのは、もちろんルカですが、この方は、コロサイ人への手紙四章十四節に紹介されている医者ルカのことだといわれています。医者であったルカという人物が、この福音書を書きました。
 聖書に福音書は四つあります。みなさんご存じですが、マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネです。この中で最初に書かれたのはマルコの福音書です。そしてこのマルコの福音書と、他の資料を用いながら、ユダヤ人に向けた福音書を書いたのがマタイです。同じように、マルコの福音書をベースにして、テオピロと言う人に向けて書いた福音書が、お医者さんが書いた福音書、ルカの福音書です。ヨハネの福音書は前の三つとは全く違った視点から書かれました。全部の福音書がそれぞれ違った特色を持ち書かれています。
 このルカの福音書の書き方は、「すべてのことをはじめから詳しく調べる」という点にあります。このルカは医者でありました。たぶん几帳面で、物事の裏を取りながら、真実を確かめて、そして時系列を追ってずっと福音書を書いたのではないかと思います。
 同じくらいの時期に書かれたマタイによる福音書は、どのように書かれたかというと、神様を信じているユダヤ人、旧約聖書を読んでまことの神様を信じて、そして神様がいつかローマの支配の元からイスラエルを解き放ち解放してくれるメシア、救い主が現れる、と待ち望んでいたのですが、そんな民族に対して書かれたのです。
 ですから、マタイの福音書を見ますと、旧約聖書のこれこれの預言がイエス・キリストによってこのように実現しました!という書き方がたくさんされているのです。
 ルカは、イエス・キリストの人生について、一つひとつ詳しく調べ、順序立てて書いて、テオピロという人物、彼は時の権力を持つ政治家のような方ではなかったかと言われているのですが、その方に「イエスという方はこのような方でしたよ!」ということを報告書のような形で書かれたのが、ルカの福音書なのです。

ところで新約聖書の書かれた年代を調べてみると、イエスさまが十字架の救いを完成され、世界で第一号のキリスト教会が建てられたのが、イエスさまの十字架の出来事から五十日後のこと、西暦でいうと三〇年代のことです。それから新約聖書がイエスさまの弟子たちによって書き始められるのは、四〇年代からです。そして最後の書巻であるヨハネの黙示録が書き終えられたのが、九〇年代後半といわれています。ルカの福音書は六〇年代前半に書かれました。新約聖書のすべての書巻、マタイの福音書からヨハネの黙示録までの二十七巻すべては、イエスさまの十字架の贖いが成し遂げられてから、七〇年間くらいの間に書かれたというわけです。この執筆年代が意味することは、何だと思いますか?

 それは、経験者の「生の声」を読者に伝えるということです。イエスさまの周辺で起きた出来事を身近にいて体験した人たちから取材してまとめたわけです。そこにはドキュメンタリー、「真実」という比類のない価値が備わっているのです。「真実」の故に、人々は深く感銘を受けるのです。

ルカの福音書一章一節〜四節、

『私たちの間ですでに確信されている出来事については、初めからの目撃者で、みことばに仕える者となった人々が、私たちに伝えたそのとおりを、多くの人が記事にまとめて書き上げようと、すでに試みておりますので、私も、すべてのことを初めから綿密に調べておりますから、あなたのために、順序を立てて書いて差し上げるのがよいと思います。尊敬するテオピロ殿。それによって、すでに教えを受けられた事がらが正確な事実であることを、よくわかっていただきたいと存じます。』

 これはルカが、冒頭の所で、この福音書がイエスさまについて自分の調べた「事実」を正確に伝えることを目的としているんですよと、自から書いているのです。事実を目撃した人々が、見聞きし、手で触れた体験を書き記したように、ルカが自ら調査して得られた事実、ナザレのイエスの生き様を通して実現した十字架の贖い、罪の赦し、また永遠のいのちを、当時の世界に対して、そして、後生の全人類に伝えるためのジャーナリズムだ、ということが言えるのではないかと思います。

 ジャーナリズムを辞書で見てみると、

ジャーナリズム【journalism】
日々に生起する社会的な事件や問題についてその様相と本質を速くまた深く公衆に伝える作業。

と出ていました。

 新約聖書の他の箇所を見ると、ペテロの手紙第Ⅱ一章十六~十八節にも、ペテロ自身が証言しています。

『私たちは、あなたがたに、私たちの主イエス・キリストの力と来臨とを知らせましたが、それは、うまく考え出した作り話に従ったのではありません。この私たちは、キリストの威光の目撃者なのです。キリストが父なる神から誉れと栄光をお受けになったとき、おごそかな、栄光の神から、こういう御声がかかりました。「これはわたしの愛する子、わたしの喜ぶ者である。」私たちは聖なる山で主イエスとともにいたので、天からかかったこの御声を、自分自身で聞いたのです。』

 ここに、イエスさまと絶えず行動を共にし、後に初代教会の指導者として活躍した使徒ペテロも、「自分の目で見た」と証言して語り、聖書に記したのです。

 ルカは特に、「いつ」「どこで」「だれが」「どのように」「なにをした」という、ジャーナリズムの基本をちゃんと押さえて、ルカの福音書を書きました。

 ルカの福音書二章一節を見ますと、「皇帝アウグスト」の名前が出てきます。これも、史実と矛盾のない記事です。正しくは、現代の日本人の呼び方だと、ローマの初代皇帝アウグスチヌスという人です。「アウグスト」というのは個人名ではなく、尊称というか、呼称というのでしょうか。「崇高なる者」「威厳者」という意味らしいです。彼の本名は「オクタヴィアヌス」と言います。
 このアウグストの養父となった方は、共和政ローマ末期の終身独裁官ガイウス・ユリウス・カエサル。英語ではジュリアス・シーザー。
 皇帝アウグストは、現在私たちが「キリスト」というと「イエスさま」とすぐ結びつくように、「皇帝」と言えば初代皇帝オクタビアヌスと結びつくというほど象徴的な方だったようです。それほどに強大な権力を持ったローマ帝国の皇帝であったのです。
 彼の登場で、戦乱が続いていた地中海世界に「ローマの平和」〈パックス・ロマーナ〉と呼ばれる平和がもたらされたと言われています。
 ローマの初代皇帝となったアウグストによって、地中海沿岸地域の世界に、平和がもたらされたわけです。その帝国の中では、初代皇帝アウグストを、それまでの戦争を終わらせ世界に平和をもたらした「救い主」(ソーテーリア)と呼んで崇めていました。
 またカエサルが義理のお父さんであったわけですが、カエサルがその当時、神として崇められていたので、アウグストのことは「神の子」と呼んでいました。そして当時の人々は、「皇帝アウグスト」のために、カレンダーをも変えて、彼の誕生日を年初としました。すなわち八月から一年が始まるようにしました。今でも英語で八月のことを「August」と呼びますが、その所以であります。
 そして、皇帝の誕生日を記念日にし、皇帝が生まれたという良き知らせを告げ知らせる日だ!ということで「福音」と呼ばれていました。皇帝が生まれたのが世界の良き知らせだ、福音だと、ローマの帝国の中では言われていました。

 日本においても、かつて世を治めた時の覇者が神様になる、ということが度々起きました。特に戦前戦中には天皇が現人神とされました。天皇の言葉とか、天皇の写真とかがご神体のように扱われ礼拝の対象とされました。天皇を敬わないことは不敬とみなされ処罰の対象になった、犯罪であったわけです。
 また天皇誕生日は国民的祝賀行事の日でした。神話に伝えられる初代天皇神武の即位日とされる日は、紀元節と呼ばれ日本の建国日とされていました。そんな時代がこの日本にもありましたが、ちょうどローマの時代も、皇帝に対してそのように扱っていたのです。

 ところが、そんな時代の中に、もう一人、まことの神の子が、救い主が、この「ダビデの町」、すなわちベツレヘムに誕生しました。その方がイエス・キリストです。
 天使たちがこの知らせを羊飼いたちに伝えました。ルカの福音書二章十節〜十一節、

「・・今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。きょうダビデの町に、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」

 また続いて現れた天使たちもこのように歌っています。

「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」

 このみ言葉で、御使いたちが、「あなたがたにすばらしい喜びを知らせに来た」とは、「福音を伝える:エウアンゲリゾウ」というギリシャ語の動詞が使われています。名詞型は「福音:エウアンゲリオン」です。
 こういった語彙は、当時のローマ社会では、皇帝アウグストのために使われていました。アウグストが生まれた日は良い知らせの日だ!と言われていたのですが、天使は「イエスさま、まことの救い主が生まれた日が良い知らせです!」と伝えたのです。
 「主キリストです!」「福音を伝える」「救い主」「平和」こういった言葉は、当時、いずれもアウグストに使われていたのですが、それを、天使たちはあえてイエスさまの誕生を告げ知らせるのに使ったのです。

 この世の王として絶対的な権威を持ち、神としてあがめられていたアウグストに対し、まことの王が生まれたんですよ!と、社会に対してセンセーショナルな宣言が、イエスさまの誕生の時になされたのです。
 その言葉をルカが当時の世界のなかで書き記すことは大それたことであったと思います。しかし、ルカは意識的にこれらの語彙を辺境の地ユダヤの片隅に生まれた「飼葉おけに寝ておられるみどりご」に対して使っているのです。

 ルカがキリストの誕生を伝えるために用いた語彙は、このようにアウグストと同じ言葉なのですが、その使われ方は全く違います。
 一つ表を作ってみたので、映像で見ていただきたいと思います。

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 皇帝アウグストに対しては、「救い主」という意味が、当時の世界を軍事力によって平定した、国々を和解させた、その「救い主」として「主(キュリオス)」と呼ばれた。そして、力によって保たれる「平和」。また「福音」とは皇帝アウグストの誕生と彼によっておかれた施政を指し、「栄光」は権威ある皇帝に、というふうに当時言われていたわけです。それに対して、イエスさまは十字架による神との和解をもたらす「救い主」、そして「主でありキリスト」。「平和」は神の愛による平和。そして、「福音」はイエス・キリストによる霊的な救い。そして「栄光」はいと高き所におられる神、み父にというふうに、同じ言葉でも使われている意味合いは全く異なっています。

 ルカの二章には、皇帝アウグストが絶対的な存在としてローマにおり、イエスさまがお生まれになったパレスチナ、またシリアの総督として、クレニオという人がいました。これも実在した人物で、現在ではキリニウスと呼ばれる人物です。彼がこのユダヤを含むシリア州を統治していたその時に、アウグストは、自分が治める国のすべての住民の登録をするように命じました。

 もしもアウグストが「住民登録」という勅令を出さなければ、イエスさまはベツレヘムで生まれることはありませんでした。なぜかというと、マリヤとヨセフはガリラヤの地に住んでいました。
キリストがベツレヘムで生まれるのは、旧約聖書のミカ書五章二節に書かれている預言の成就であったのですが、そのために、神様は当時の絶対的な主権者であった皇帝とその支配をも動かして、歴史の中に働かれる神の計らいによって、マリヤとヨセフはベツレヘムに来たのです。ここに歴史を支配される神様の摂理があるのです。

 何故ヨセフはマリヤを伴ってベツレヘムに行ったのでしょうか?本来、住民登録には一家の代表者が家族全員分の登録をすれば大丈夫でした。ヨセフがひとりで行けばよかったのですが、彼は身重で出産間近のマリヤをどうしても伴ってベツレヘムに行かなければなりませんでした。
 実は、彼らは結婚が決まっていたのですが、当時のユダヤの習慣で、一緒に住むことはまだしていませんでした。みことばには「いいなずけの妻マリヤもいっしょに・・」と、あえて書かれているように、この時マリヤとヨセフはまだ結ばれておらず、彼女の胎に宿る子は聖霊によるものだったと書かれています。
 しかし、当時のユダヤ社会で、一緒になる前に女性が身ごもるというのは大変な事態でした。普通はマリヤが男女の関係を持って妊娠したことを意味します。これは重大な罪でした。死罪に当たる罪だったのです。
 ヨセフにはもちろん身に覚えがありませんでしたので、彼が訴えれば、マリヤは石打ちに処せられ胎児もろとも殺されたはずでした。
 彼も一時は結婚を取りやめようと考えたとマタイの福音書に書かれていますが、考えを巡らせているうちに、み使いによるお告げを受け、その言葉を信仰によって受け止め、彼女を受け入れ妻として迎えたのでした。

 とはいえ、そんなことも知らない周りの人々にまで、彼が見た天使や、マリヤが出会ったみ使いのことを言っても、信じることができる人たちはいなかったのだと思います。み使いが現れて、聖霊によって、男女の関係のない処女マリヤが身ごもるなんて、そんな馬鹿なこと信じられるか!と考えるわけです。
 ですから、マリヤはヨセフに迷惑がかからぬように、妊娠がバレないように人目を忍ぶように生活していたかもしれません。そういう中で、住民登録の勅令が出たのです。だから、ヨセフは登録のためにはマリヤ引き連れる必要はないのだけれど、彼女を一人残し住民登録に行くことはできなかった。ごく近しい人たちにも、安心してマリヤを委ねることができなかったのでした。それ故に、彼はマリヤを伴ってベツレヘムに出向いたのでしょう。
 そしてベツレヘムに着きましたが、そこでも彼らの「居場所がなかった」と書かれています。だから、聖書には書いていないのですが、家畜小屋のような所で生んだのではないか、生まれたイエスは飼い葉桶に寝かせられたからですが、とにかく預言通りに、このベツレヘムでマリヤはイエスさまを出産したわけです。おそらくとてもひっそりとした出産でありました。誰にも祝ってもらえない、最も近しい家族や親類、近所の人たちにも祝ってもらうことがない、そういう誕生でありました。
 しかし、み使いたちと天の軍勢が誉め称えました。そして、み使いのお告げを受けた羊飼いたち、当時の社会の中で一番底辺を生きていた、下層階級のような彼らに、最初の、イエスさま誕生の知らせが告げ知らされたわけですよね。
 旧約聖書イザヤ書五十三章一節〜五節を見ると、こんなふうに書いてあります。

『私たちの聞いたことを、だれが信じたか。主の御腕は、だれに現れたのか。彼は主の前に若枝のように芽ばえ、砂漠の地から出る根のように育った。彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。』

 イエスさまの誕生は、マリヤとヨセフの家族や近しい人は誰もおらず、誰も祝わないひっそりとしたものでした。また、イエスさまがお生まれになったとは、何を意味するかというと、生まれた瞬間からイエスさまの歩みは十字架に向かうことが定まっているわけです。イエスさまはそのことを意識しながらずっと生きていかれたと思います。すべての人を救う神のみ子としてです。その歩みはイザヤ書五十三章に書かれているように、人々の悲しみを担い、すべての傷を癒やし、痛みも負って、この十字架にかかってくれたのです。しかし、人々は彼が罪を犯したために打たれたんだと思った。彼の十字架の苦しみ、救いのみ業は、多くの人たちにとっては「救い」とは映らなかったというのです。

 ともあれ、イエスさまがベツレヘムに生まれるという預言は、そのようにして実現したわけです。旧約聖書の預言の通りにベツレヘムで生まれなければならなかったわけですが、世界の歴史の中に働かれる不思議な神様の導きがそこにあるわけです。

 話はがらっと変わるのですが、最近、日本人が持つ天国のイメージを調査した書き物を読みました。
日本人の持つ一般的な「天国」の概念は、「天国」ではなく「極楽」と言います。「極楽」はどこから出たかというと、鎌倉時代に出てきた仏教、特に「法然の説いた浄土宗」と「親鸞の説いた浄土真宗」を主体とする、いわゆる「念仏仏教」から来ています。それ以外の日本の仏教諸宗派には、もともと「極楽」というものがないのです。そのかわり、そこにあるのは生と死とを永遠に繰り返す「輪廻」です。
 法然と親鸞が説いた「浄土仏教」の根幹と言える「極楽」の元になっているのが、「無量寿経」や「阿弥陀経」などの「教え」です。それを元に、法然とか親鸞が浄土という信仰を編みだしていったのです。「無量寿経」や「阿弥陀経」は「釈迦」が説いた、という形で書かれています。しかし、実は釈迦の時代から五百年も後の時代、紀元一世紀頃に編纂されたと言われます。だから釈迦が書いたというのはありえないことですね。また、この経典の実際の作者は、誰なのかわかっていません。

 この「無量寿経」には浄土信仰の拠り所である「阿弥陀如来」の誕生と「極楽浄土」の完成について書かれています。膨大な文章なのですが、簡単にまとめるとこんな感じです。一番中心の部分を短くまとめたものです。

『久遠無量の昔、五十三の仏が世に出た最後に、世自在王仏(せじざいおうぶつ)が出た。ある時、ひとりの王がこの仏の話を聞き、富や権力のある王の位にありながら味わうことのなかった広大な世界があることを知る。彼は、王位を捨て(娑婆世界を越えた仏の道へ入り)修行者となった。これが阿弥陀如来の前身「法蔵菩薩(ほうぞうぼさつ)」である。
法蔵菩薩は五劫(ごこう)という長い間思案したのち立てた誓願四十八を、「これらの願いを叶えるために私は仏になる」と、全ての生きとし生けるものの前に述べた。これが「四十八願(しじゅうはちがん)」である。法蔵菩薩は、これらの願いを成就するため兆載永劫(ちょうさいようごう:言葉では現せないほど長い期間)の修行をし、ついに四十八願は完成され、極楽浄土ができあがり、彼は成仏して阿弥陀如来となった。極楽浄土ができて、法蔵菩薩が阿弥陀如来になったのは、今から十劫の昔のことである。』

 この中に時間を表した単位がいくつか出て来ます。「久遠無量の昔」とか、「兆載永劫の修行し」とか、五劫、十劫という単位が出て来るのですが、「大変長い時間」というわけです。久遠無量の「無量」というのは、中国の昔の数字を表す単位ですが、ゼロが六十桁もつくような大変な数字だそうです。
極楽浄土ができたのが今から十劫前だというのですが、この「劫」というのは、どのくらいの単位でしょうか?一劫は約四十三億年だそうです。だから十劫だと四百三十億年ということになります。人間の歴史よりも、地球の歴史よりもずっと昔、宇宙が発生して百三十八億年とか言われていますが、それよりもずっと前に阿弥陀如来は極楽浄土を完成させたと「無量寿経」には書かれているということです。
 これを聞いて、「ほーう。そうなんだ。」と納得し、「極楽浄土」を現実として受け入れ、そして自分の死後がここに至ると信じ、命の後に続く世界を阿弥陀如来に依り頼むことができるでしょうか。極楽浄土というものを信仰を持って受け入れていくということができるでしょうか。ぼくはできません。なぜならば、ぼくはこの物語が真実であるとは、とうてい思えないからです。「やっぱり神話の世界の話だな」と思うわけです。
 さらに言うと、聖書に描かれる「天国」と、「無量寿経」とか「阿弥陀経」の中に出て来る極楽浄土というのは、似ていて違うのです。
 聖書に出て来る「天国」は、後の日に、私たちがイエスさまを信じる信仰によって到達する、最終目的地です。それに対し「極楽」はそうではありません。あくまでも仮の場所だというのです。では、仏教の最終目的地はどこかというと、それは「悟り」です。「極楽浄土」も中間地点。その先に、「悟り」があるというのです。阿弥陀仏に帰依して極楽に入ったとしても、そこから気の遠くなるほどの修行をして煩悩を振り払い、かつそれを何世代にもわたって努力し積み上げた上で、解脱して仏になる。それが悟りの境地でありますが、悟りの中で見つけるのは何かというと、「無・空」なのです。この世の「諸行無常、一切が空」というところが、仏教の最終目的地です。

 テモテへの手紙第Ⅱ 三章十六節には、こんな言葉が書いてあります。

『聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。』

 話が元に戻るのですが、聖書自体が告白していることは、「聖書に書かれていることは神の霊感によるものだ」というのです。
聖書は、だいたい四十人くらいの人が書いたと言われます。旧約聖書が三十九巻、新約聖書が二十七巻。書き始めから書き終わりまで何百年もかかっています。この多くの書巻には、人物の名前がついていたりするわけですが、本当に大勢の人が別々の時代に別々の場所で、また違った言葉で書いたと言われています。時代もバラバラ、言葉もバラバラ、文化もバラバラ、書いた国もバラバラ、そういった中で書いてあるのにもかかわらず、聖書というのは一つの神様、イエスさまの救いについて指さしていると言われます。「聖書は誰が書いたのか」と考えるとき、今お読みしたみ言葉では、神の霊感によって成り立っている。神の霊感によって書かれています。
でも、人によって書かれたんだけど、聖霊によって動かされた人が、神からのことばを語ったというのです。
 聖書はいっぽうでは誤りのない神のことばであるわけですが、同時に、その当時、神と共に歩んだ人によって書かれた人の言葉でもある。そういう二面性があるというのです。神のことばであり、人のことばでもある。
 ちょうどイエス・キリストが神の座を捨てて、人間となって生まれてくださったわけですが、人となって生まれたイエスさまは、完全な人であったけれども、同時に完全な神様でもあったという、神と人との二面性を持っていたと同じように、神のことばである聖書も、神と人の二面性を持っているというわけなのです。
 だからこそ、この聖書に書かれているいっさいのもの、イエスさまが歩まれた人生、そこで行われた奇跡や、語られた言葉、そして十字架のあがないも、このルカが書いているように、神によって導かれて、すべて真実に基づいて書かれているドキュメンタリーだというわけです。

 二〇世紀の天才考古学者ウィリアム・F・オルブライトは長年にわたる西アジアでの発掘調査の上でこう言いました。「聖書の記述中、問題となっている大きな点は全部歴史的であることが、証明されている」と。始めに読んだルカの福音書でもそうですが、聖書を書き記した人々は、実際に起きた出来事を、目で見て、体験し、あるいは耳で聞いて、そして聖書を正しく書いています。

 今私たちが読んでいるのは、イエスさまが直に生きて歩んだその時代に、一緒に歩いた神のしもべ達、クリスチャンが書いた記録、証言であります。そこには、神様に関する生々しい告白で満ちています。神様がどれほど素晴らしいお方であるのか、良いお方であるか、私たちが敬い恐れなければならないお方であるか。
 神を恐れて、罪から離れて生きることの大切さも、この聖書の中には書かれています。また信じないで生きるというのがどれだけ危ないことなのか。大変な目に遭う可能性のある道であるのかを、聖書の中に登場する人々の生き様から、ありありと受け取ることが出来るのです。

 ですから皆さん、聖書を読んでいただきたいと思います。良い人生を送る秘訣がそこにあります。「愚かな者は経験に学び、賢い者は歴史に学ぶ」とは、有名なことばですが、この歴史の中には神様の正しさがにじみ出ているのです。

 私たちは神様を肉眼で見ることが出来ません。信仰も形のない、物質的なものではないので、時々勘違いしてしまうのです。私たちが信じていることは、本当は雲を掴むような、無意味なものなんじゃないか?と。しかし、そうではありません。これは、リアルなのです。
 私たちの持っている信仰は、歴史に裏付けられたリアルなものです。聖書が私たちに提供しているものは、神話やファンタジー、妄想などではなく、現実です。だとすれば、私たちの持っている信仰も目には見えないけれども、現実のものなのです。

 クリスマスの出来事についてルカ文書から教えられることは、この世の支配者の権威をしのぐまことの王が、神様のご計画によって確かに世界に誕生された、歴史の中に現されたということですね。それこそが、処女マリヤからお生まれになった神のみ子イエス・キリストだというわけです。このみ子こそたたえられるべきお方である、ということです。

 今日は神のみ子が生まれたことを覚えて、その日を記念してお祝いするのがクリスマスです。クリスチャンにとって、いやすべての人間にとって大切なこの日。イエスさまがお生まれになった!という事実です。この日に、新城教会では四名の方がバプテスマス受けられます。西山さん親子、それから判治さん、そして瀬戸さんです。十二月にこの方たちがバプテスマを志されて、我々も一緒にそのためにお祈りさせていただいて、今日はクリスマスの記念すべき日にバプテスマを受けられる。すばらしいと思います。たぶんこれからのクリスチャン人生を歩まれる上でも、一生の思い出になるのではないかと思います。教会にとっても嬉しいことです。
 この教会では、この一年間礼拝の中で、「二〇一七年、あなたは良いもので満たされます!」と、宣言され、それを信じてこうして礼拝を守り、信仰を守ってきました。
 特に、すべての被造物、命あるものも、ないものも、神様によって造られたすべての被造物と霊の領域にある悪霊どもでさえも、イエスさまの贖いによる和解と、また呪いからの解放を宣言していく中で、私たちの福音の理解が拡げられて多くの祈りが捧げられて来ました。
 ですから、今年のクリスマスもたくさん伝道集会が開かれていますが、特に期待感を持って、神様がすばらしいクリスマスにしてくださる!ということを覚えながら過ごしてきたのですが、今日は一つの栄ある実が結ばれたんじゃないかな、というふうに思っています。ですから、みんなで喜んで、彼らを祝福したいと思います。

 クリスマスの日の最大のプレゼントはイエス・キリストご自身です。イエスさまが確かに私たちひとりひとりに、全人類に、全世界に、すべての被造物に「与えられた」ということが、私たちが知ることのできる素晴らしい良き知らせ、福音であります。
 ですから今日も私たちがこのイエスさまを、当時、飼い葉桶に寝かされて、一部の羊飼い以外誰もお祝いすることのなかったようなイエスさまが、十字架にかかり、死んで三日目によみがえられて、私たちの救いを成し遂げてくださった、ということを通して、私たちが今素晴らしい救いの中に入れられている。そのことを今日は覚えて、このクリスマスを皆でお祝いし、またイエスさまを称えて、またすべての被造物に対して、この福音を宣言していきたいと、そのように思っております。

 一言みなさんでお祈りをして、終わりにしたいと思います。立ち上がってお祈りしましょう。

 今日は特に、ルカの福音書二章から、またルカという人物が書いた「ルカの福音書」全体を通して私たちが学ぶことのできる事柄、イエスさまがお生まれになり地上で成し遂げられたすべてのことが、当時歩まれたその人生の中で確かに現されたことであり、後の私たちに伝えられる福音であるということを学びました。今日本当にそのことが、ここにおられますおひとりおひとりのためであったことを覚えていきたいと思います。
 イエスさまは寂しく誕生され、またイエスさまの人生はある意味で悲しい人生であったかもしれません。多くの人の悲しみも担った。痛みも担われた。私たちの罪を背負われて十字架に架かられた。でもその苦しみを通して、イエスさまは救いを成し遂げられ、そして今は神の右の座について、私たちをあがない、復活の望みを与えてくださっています。
 彼の打たれた傷により私たちは癒やされたとありますので、今日私たちも、このイエスさまの成し遂げられた御業によって癒やされ、救いを得ることができるということを覚えて祈っていきたいと思います。
 また、まだイエスさまを信じられていない方がこの場所におられましたら、今日是非、おすすめしたいことは、イエスさまを救い主として受け入れていただきたいということであります。
 私たちが信じている信仰は、神話や妄想や、何か作り上げられたフィクションではありません。小説ではありません。事実に基づいた信仰です。このことを心から受け入れていただきたいと、そのように思います。

イエスさま、このクリスマスの良き日に、あなたを礼拝することができたことを感謝します。あなたが歴史の中で確かに私たちの罪を贖い、救うために、この夜に生まれてくださったことを信じ受け入れます。私たちの罪のために十字架を忍ばれ、救いを成し遂げられ、復活の望みを与えてくださったことを信じ受け入れます。どうか私の人生を新しくし、イエスさまにある希望を、救いを、永遠のいのちをお与えください。イエスさまのお名前によってお祈りします。アーメン。