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「彼らに主の名をほめたたえさせよ!パート10 
 〜聖霊が臨まれるとき〜」

2018年5月20(日)
使徒の働き1章3節〜9節

『イエスは苦しみを受けた後、四十日の間、彼らに現れて、神の国のことを語り、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。彼らといっしょにいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。」そこで、彼らは、いっしょに集まったとき、イエスにこう尋ねた。「主よ。今こそ、イスラエルのために国を再興してくださるのですか。」イエスは言われた。「いつとか、どんなときとかいうことは、あなたがたは知らなくてもよいのです。それは、父がご自分の権威をもってお定めになっています。しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」こう言ってから、イエスは彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた。』

 ハレルヤ!おはようございます。ヘブンリーキングダムのJesus Christという曲、心に迫る賛美でした。
 今日は教会の誕生日、「ペンテコステの日」です。聖霊様が私たちの所に来てくださった記念日です。聖霊様が来られなかったら、私たちはイエスさまを神として認識することもできないばかりか、人生を助けていただくことも出来ません。助け主聖霊様が、私たちの所に来てくださった記念日がペンテコステの日です。
 お隣の方に、「聖霊様があなたと共におられます!」と宣言して上げてください。アーメン!

 今日は、日本中、いや世界中の教会で、聖霊様について話題にしている日です。聖霊様は裏方ですから、私たちが関心を持たなければ、理解できません。しかし今日は日本中で聖霊様について意識する日ですから、特別、働きが強い日だと信じています。

 過ぐる二週間、私はみなさんとお会いすることができなかったですが、聖霊に励まされて、様々な奉仕をさせていただきました。お祈りを心から感謝します。
 先々週は沖縄を、「霊的戦いセミナー」で回らせていただきました。沖縄はご存じのように、海に囲まれた美しい島です。

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 真っ赤なハイビスカスが咲いていたり、日射しは強く、すでに真夏のようでした。
 どの教会も、ウィークデーにもかかわらず、多くの人たちがセミナーに参加してくださいました。

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 沖縄は、霊的感覚が強い方が多いです。社会に悪霊が働いているということを、一般人も意識しています。どうしてかといったら、それは聖霊様の働きです。
 イエスさまがこの地上に来られた時、今までは起こらなかったことが起こりました。それは何かというと、悪霊どもが姿を現したのです。みんなびっくりしました。「これは何事だ!」と。
 すると、イエスさまは、「わたしが聖霊によって悪霊を追い出しているのならば、すでに神の国はあなた方の所に来ている!」と語られました。本州のほうでは諸問題の背後に悪霊が働いているなんて、なかなか意識しないのですが、沖縄では一般の方々も意識しています。
 例えば、病気になった時、どういう意識を持って病気に接するかといえば、沖縄には、「医者半分、ユタ半分」ということわざがあります。それは、医療も受けるけれど、ユタとは霊能者です。霊能者の所に行って、悪霊を払ってもらうという意識を人々は共有しています。ですから行政も、そのことを無視できないというのです。
 ということは、島全体に働く暗闇の力がすでに暴かれているのです。それは神の国が訪れている証拠です。日本のどこからリバイバルが起きるのか?新城から起こってほしいと思いますが、沖縄は大変重要な場所だと思われます。
 被造物も豊かに息づいています。沖縄の方々が被造物に対して、「主の名をほめたたえなさい!」と宣言する時に、リバイバルが起こるのではないかと思います。

 先週の日曜日までは、沖縄で奉仕をさせていただきましたが、月曜日は沖縄から東京に移動して、一変して、政治的な会合に出席しました。私はそのような会合はあまり得意ではないのですが、参加させていただきました。

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 「ピースメーカーフォーラム」という会合でしたが、このお二人、ご主人の瀬戸さんと、奧さんの山川さんです。奥さんは旧姓ですが、衆議院議員です。昨年の選挙で立憲民主党から当選しました。
 彼女は国会議員の中で唯一、「私はクリスチャンです!」とはっきり宣言し、み言葉を掲げて働いています。「平和を造りだす者は幸いです。その人は神の子と呼ばれる」というみ言葉を全面に押し出して、政界で働いています。
 私は彼女が当選する以前から知っていましたので、応援していました。今回は支援するクリスチャンたちが集まって、会合を持ちました。お二人が祝福されて日本が変えられるよう、聖霊の力によって変えられるように!と祈りました。
 この人、昔よくテレビに出ていました。

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 山川さん夫妻は、天野先生の教会の会員なので、天野先生が中心となって働いています。私はただ出席するだけと思ったら、ショートメッセージをお願いしますということで、少し語らせていただきました。
 クリスチャンは、すべての領域に対して祈りをおく必要があります。その祈りとは、ただの祈りではなくて、聖霊による、とりなしの祈りです。
 
 先に読んでいただきました聖書の箇所は、イエスさまが天に帰られる直前に、弟子たちを前にして語られた言葉です。「もうまもなくあなたがたは聖霊のバプテスマを受けます!」と語り、弟子たちを励まされました。
この時点で弟子たちは、聖霊のバプテスマはどういうものか、分からなかったと思われます。イエスさまは、「聖霊が臨む時に力を受けます。エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」と語られたわけです。
 聖霊様が来てくださる目的、結果は、主の証人となることです。
 私たちもイエス・キリストを信じて聖霊の力を受けたら、証人とならなければなりません。身のまわりに対して証人になるばかりか、最終的には、地の果てにまで証人となるのです。

 この言葉が語られて十日後でした。彼らが祈っていた中、突然、天が開かれて聖霊が注がれたのです。その時の様子が使徒の働き二章一節〜六節に記されています。聖書を読んだことがあるならば、ご存じだと思います。これはイエスさまが天に帰られてから、十日後の出来事です。使徒の働き二章一節〜三節、

『五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。すると突然、天から、激しい風が吹いて来るような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。また、炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった。』

 聖霊が注がれた時、炎のような分かれた舌が現れたのです。しかしその前に起こったのが、突然、天から、激しい風が吹いて来るような響きが起こったとあります。
その結果、何が起こったのか、彼らの舌が聖霊によって動くようになったのです。神のことばを語り、世界中に遣わされて行ったのです。

 新城教会にとって、ある意味、ペンテコステの日のような出来事は、今から二十六年前です。「甲子園ミッション」を目前にして、愛知県民の森で祈っていた時に、突然、天が開かれました。
 二十六年前に新城教会におられた方ならば、その前後のことを覚えていると思います。
 ある日、甲子園球場で大集会をやろうなんて言う、大それた計画を父が持ち出しました。私は父に聞きました。「親父さん、甲子園で集会をやると言っているけれど、一回くらい、甲子園球場を見たことがあるんか?」『あぁ、見たことある。』「いつ見に行ったんだ?」と聞いたら、『テレビでいつもやっている。』と、どうも高校野球を見て決めてしまったみたいでした。「それはまずいぞ」ということで、みんなで甲子園球場見学ツアーに行ったことがあります。
 するとさすがに、『で、で、でかいな・・・。』と、親父もちょっと引いていました。「あぁ良かった。見りゃわかるだろ!」と、私は甲子園のマウンドに立って、「主よ、二度とこの土を踏まないで済みますように。」と、とりなしの祈りをしたことを、昨日のように覚えています。
 しかしその後、働きはどんどん進んで、本当に開催するようになってしまいました。

 実際に集会を準備し始めたら、いろんな問題が起こって、「もう駄目だ!」という時がありました。それで、愛知県民の森に入って、一週間徹夜祈祷会を計画しました。今でも忘れることができませんが、一九九二年二月十三日、夜中十一時頃でした。私たちが祈っている場所からちょっと離れた付近から、ゴー!という音が聞こえ始めました。あの辺は時々飛行機が通りますから、私ははじめ飛行機だと思っていました。
 私は三十分くらい祈ったら、帰ろうと思っていました。それまでは誰も声を出して祈る人はいませんでした。しかし、ゴー!という音がし始めた頃から、周りの人たちが、「主よ!リバイバルを与えてください!聖霊様来てください!」と、声を出して祈り始めました。その様子を見ながら、ちょっと腹が立ちました。「なんで声を上げて祈るんだ?帰れなくなるじゃないか・・。」と思ったからです。
 しかし、そのゴー!という音が消えないで、こっちに向かっている感じで、ちょっと、どきどきしました。一週間祈り続けたので、たぶん耳鳴りだと思って、何回も耳を触ったことを覚えています。
 するとその音が、私たちの輪の中にドーンッ!と入って来ました。その瞬間でした。その時は八人しかいなかったのですが、周りの人たちはほとんど、硬いコンクリートの上にバーンッ!と倒されてしまいました。びっくりしました。私はそれまで、人が倒れるのは病気以外、見たことがありませんでした。何が起こったのか全く分かりませんでした。その場は渦で包まれているかのようでした。
 しかしそれは聖霊様の訪れでした。リバイバルは、祈っている時はいいのですが、本当に訪れると逃げると言われます。本当にそんな感じでした。「おい!ここから逃げるぞ!」と、教会に逃げ帰って来ました。

 しかし聖霊様の働きは、一夜にして広がるのです。あっという間に、教会中に広がっていきました。人手によらずに広がっていきました。特に、当時の若者たちに広がっていきました。
 私はそのころ四十代でした。当時の若者たちは、今ではおじちゃん、おばちゃんになっていますが、彼らが豊川の河川敷に行って夜な夜な、祈るようになりました。
 すると、「この場所で伝道集会をやれ!」と語られたそうです。それも、「千二百人を目標にして、伝道会をやりなさい!」と主が言われたというのです。私はそれを聞いた時、「それは主の声ではない」と思いました。なぜなら、「いくら頑張ったって、青年たちの力では、三百人が限度だ」と思ったからです。
 しかし彼らが祈り始めた時、さらに激しく聖霊が注がれました。聖霊様が来られると、いろんな現象が起きます。人が倒れたり、異言を語ったり、泣いたり、笑ったり、転がったり、風が吹いたり、はじめて見ると、ちょっとびっくりします。でも天地宇宙を造られた神の息が吹き始めたら、それは当然かもしれません。本当に激しく聖霊様が訪れて、豊川を素足で歩けそうなほどでした。

 前にもお話ししましたが、一人のうら若い、か弱い女性が、聖霊の風に吹かれて倒れて、ゴロゴロ転がり始めました。そしてこの斜面を、転がりながら登り切りました。
 私は去年、一番強そうな男たちをこの場所に連れて行って、転がって斜面を登れるかどうかを検証してみました。しかし、誰一人として、登ることはできませんでした。一メートルも、登れませんでした。嘘だと思ったら、今日帰りに試してみてください。絶対に無理ですから。
 私はそれを見ながら、「あっ!リバイバルとは、こういうものだな!」と思いました。普通では絶対に無理なことが、聖霊の風の後押しがあると、どんな坂でもぐいぐい上り切ってしまう!これからのリバイバルの働きは、大変かもしれないけれど、聖霊の風さえ吹けば、どんな坂だって登りきることができる!日本のリバイバルのために、真剣に祈らなきゃいけない!

 弟子たちも不可能な状況の中、祈り始めた時、聖霊が注がれて、たった十二人の弟子たちから始まって、世界制覇がなされたわけです。聖霊の働きは、普通では絶対に無理なことを、可能にさせるものです。

 ハートフルサパーの一週間前、人があまり集まっていませんでした。やはり、三百人くらいでした。私は、「それみろ!言わんこっちゃない!」と思いました。
 しかし、ある夜、ここで祈っている時、なぜ人が集まらないのか、救われないのかという理由について、主が教えて下さいました。第二コリント四章、三節、四節のみ言葉が与えられて、私たちが一生懸命、福音を伝えても、人々が耳を傾けないのは理由がある、「この世の神が覆いとなっている」というのです。だから福音の光が届かないと教えられました。
 もしも今日、大きな毛布を持って来て、全体に広げたら、いくら電気がついていても光は届かないですね。電球を変えたって、強くしたって、光は届きません。
 まずしなければいけないことは、覆いを取らなければいけないです。
 日本はクリスチャンが少ないです。一パーセント以下と言われます。実際礼拝に出ている人は、二十数万人と言われますから、一つの教会の礼拝の出席人数は、平均二十数名です。日本の教会の牧師先生方は、一生懸命伝道しているし、努力しています。さぼってはいません。しかし人々は教会に来ないし、福音に耳を傾けない。
 どうしてかといったら、「覆いがかかっている」というのです。その覆いは何かといったら、この世の神、悪魔・悪霊どもです。黒い雲が覆っているから、その雲を取らない限り、福音の光は輝かない!と主が語ってくださいました。
 そんなこと思っても見ませんでした。人が救われないのは、文化的、習慣的、ただ日本にキリスト教は合わないくらいにしか考えていなかったです。悪霊どもの覆いが本当にあるのかと、早速、山の頂上に登って街を眺めて見ました。
 しかし別に覆いがあるようには見えないし、分かりませんでした。けれども、覆いがとられるように、真剣に祈りました。覆いが打ち破られて、黒い雲が取り除かれますように!と、真剣に祈りました。

 そうしたら不思議なことが起こりました。当日の集会の模様、私は大事にこの写真を保管しているのですが、本当に千二百人が集まりました。これは新城教会に対する、預言的な写真だと信じています。

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 見てください。新城教会の前に、人々がどーっと集まっているのです。横には川が流れて、命の川のほとりで皆が集まっているかのようです。
 主の臨在の煙が、人々を覆っているでしょう。しかしこれは、主の臨在の煙ではなくて、バーベキューの煙です。千二百人集まりました。すばらしかったです。私たちが聖霊の力によって働いたら、必ず、こういうことがやがて日本にも起こるのです。このことをしっかりと受け止め、信じて祈りましょう。
 聖霊様の働きは、私たちを押し出し、坂道を上らせ、やがて世界の端にまで遣わします。

 そして福音を伝えるとは、神のみ言葉です。聖書がなかったら、私たちは何一つできないです。
 プロテスタント教会の牧師って、使えるアイテムがやたら少ないです。黒表紙の聖書一冊と、あとは、舌べら一枚です。他に神々しい服装とか、何もありません。これ一冊でやっていけというのです。それで仕事をしているって、すごいと思いませんか。二千年前の古文書一冊ですよ。
 でも、聖書の言葉に沿って、行動する時、いろんなことが起こります。日本語に誰が訳してくれたのか知りませんが、すごいなといつも感謝しています。

 実は今日、ギデオン協会の献金の時間があります。神のみ言葉を一人でも多くの人たちに届けるために、日夜がんばっておられる方々が来られていますから、ぜひ、協力してください。
 聖書のみことばがなかったら、今はありませんから。日本語に誰かが訳してくれて、手元にあるわけです。それを読んで、聖霊の力も注がれたわけです。聖書がなかったら、聖霊のことも分からなかったし、理解できなかったと思います。神のことばは偉大です。
 聖霊の注ぎは、何を起こすかといったら、私たちに力を注ぎ、地の果てにまで遣わす、世界宣教につながるのです。
 マルコによる福音書十六章十五節(口語訳)に、なんと書かれているかというと、

『全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ。』

と宣言されています。これは口語訳ですが、「すべての造られたもの」が、新改訳聖書だと「者」になっています。しかし原語では、”All creation”です。「すべての被造物」です。
 人間が救われるとは、どういう意味があるのかというと、すべての被造物に対して福音を宣言する、スタートラインに着く事を意味します。私たちは出て行って、人間だけでなく、神が造られた被造物すべてに、解放を宣言する役割が与えられているのです。
 聖書が語っている救いは、人間の幸福や安らぎのみの事柄ではないのです。「神の救いのみ業は、すべての被造物、自然にまで及ぶ」と、ある神学者が語っていました。聖霊が臨まれる結果として、世界宣教が始まるのです。それは、全世界の被造物に対する働きです。

 過ぐる二十六年間を振り返る時に、九二年二月十三日に聖霊が注がれて、今どうでしょうか。この教会で行われていることは、地域の宣教はもとより、世界にまで遣わされるようになりました。これは聖霊様の働きです。
 結果はすぐには出ません。しかし当時分からなかったことが、今は分かるのです。世界に遣わされるのは、聖霊の働きです。
 そして被造物全体に対する福音という視点が加えられたことは、まさに聖霊様の働き以外にないのです。
 私たちは地域の宣教も、おろそかにしていません。今週の土曜日はザ・コールという働きがあります。是非とも周りの方々をお連れ下さい。人々が救われて、全世界に福音を宣言する者たちになってほしいです。

 「世界」という視点は、常に忘れてはいけません。今週は、ザワメキとあと二人の兄弟姉妹が、インドのほうに行きます。チベット密教の中心地、ダラムサラに出かけます。そこはダライラマが住んでいる街です。
 そこに乗り込んで、主を賛美しようともくろんでいます。祈ってあげてください。開夫妻、どこに行くにもギターを持って行きます。この間もネパールのすごい所に入って行って、賛美していました。今回もダライラマの前で、「イエスさま」とやるのでしょうか。聖霊様が働くと、普通では開かない扉が開かれます。考えられないようなことが起こるわけです。世界宣教は、すごく重要です。

 ネパール宣教も七年くらい継続してやっています。今度、リバイバルミッションニュースに、ネパールの現地からの便りが紹介されます。一足先に、みなさんに紹介したいと思います。いつもネパールで一緒に働いてくださる方々がおられるのですが、アシシュさん、アルパン先生、パク先生です。パク先生が、次のように書いてくれました。

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 “日本のみなさんがネパールのために祈りはじめてくださってから、韓国人である私は、日本を近く感じるようになりました。順先生がおっしゃった一言。「日本のリバイバルのためには、他の国のリバイバルのために働かなければならない。」そのようにして、約7年間、日本からのチームがネパールを訪問してくださり、本当に多くの変化と、国と国、隣人と隣人、そして種族と種族がひとつになるのを見ました。そして、その土台には愛がありました。
 私たちが互いに愛すれば、驚くべきリバイバルが起こるでしょう。日本のリバイバルチームが、イエスさまの愛によって、日本だけでなく世界に、イエスさまが来られる時まで、継続されることを願って祈ります。
ネパールからも、日本のリバイバルのために心より祈ります。がんばってください日本!”

 この頃では医療チームも一緒に働いています。アルパン先生がこうレポートしています。

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 “医療ミッションに訪れた一人のおじいさんが、イエスさまを信じる機会となりました。先週、パレワコ村を訪問すると、「医療ミッションでもらった薬がよく効いている」と言っており、山の人たちとって、とても必要な働きの一つだと感じました。
山に住んでいる人たちは、自分の地域以外の人たちとの交流が得意ではありません。しかし今回、ホームステイを行ったことにより、山の人たちの「他の部族と交流する自信」がレベルアップしたと思います。順先生のメッセージを通して、霊的戦いについて学ぶことができ、私たちの祈りが、他の国にも影響を与えるということを知りました。

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 Zawamekiの賛美によって、大きな祝福を受けました。力強い、聖霊の油注ぎのある賛美でした。美しい歌とメロディーをありがとうございました。”

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 元酋長のおじさんが、「みんなよく聞いてくれ!今日から俺はクリスチャンだ!」と宣言しました。これはすごいことだったらしいです。アシシュさんは現地の方で、通訳をしてくださいました。こう書いてくれました。

 “日本人とチェパン人は一緒にいることがとても嬉しそうでした。チェパン人が、神の目にどれだけ重要であるのか、そして神が彼らのために持っている計画が、どれほど重要であるかを教えられました。順先生の通訳者である私は、先生の教えを聞いている時、人々がとても興奮と熱意があることが分かりました。また、私は先生の伝道で、村の長老たちがイエスさまを信じる瞬間を目撃しました。それは本当に奇跡でした。
 さらに、医療キャンプはパレワコの人々に非常に役立ちました。多くの子供や大人の患者さんが治療と薬を受け取りました。さらに、牧師たちは個々の患者ごとに祈って、患者が霊的にも肉体的にも癒されるようにしてくださいました。このミッションは、暗闇の中で輝く光のようであり、すべての暗い場所を愛と希望と信仰の励ましで、明るくされました。”

 いや〜、嬉しいですね。本当にみなさんが祈ってくださって、支えてくださって、パレワコ村が変えられています。
 普通は、誰も知らないような村です。しかし神の愛によって、目を注いでいく時に、そこは変わるのです。
 私たちがある人たち、ある場所について、認識を持つか持たないかは、大きなことです。
 世界中に存在している村があっても、我々が認識を持たなければ、関心を持たなければ、あってもないのと同じです。私たちクリスチャンが、認識を持つことは、本当に大切です。
 賛美チームが村中を回って、一軒一軒訪問して、百円ショップで買った品物をプレゼントして、賛美し、祈って巡りました。本当にすばらしい機会でした。

 どうしてネパールに福音が伝えられるようになったのかというと、それは聖霊様の働きです。九二年二月に教会に激しく聖霊様が注がれて、力を得て、証人となり、地の果てにまで遣わされたのです。
 聖霊様の働きを、どこで確認するのかというと、世界宣教に導かれるか否かです。
 そればかりか、この働きがすべての被造物に及ぶかどうかが重要です。
 パレワコ村の人たちは、神が造られた被造物と、調和して生きています。彼らが被造物に向かって、「主をほめたたえろ!」と叫んだ時に、私たちのように疑いながら宣言するのではなくて、彼らが心から主の名によって祝福している姿を見て、私はすごく感動しました。

 聖霊が注がれた後、ペテロとヨハネが神の宮に祈りに行った時に、一つのことが起こりました。使徒の働き三章一節〜八節を見ますと、その事が記録されています。

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 美しの門という所に、足のきかない一人の男がいて、物乞いをしていました。その時に、ペテロとヨハネは「この男を見つめた」と四節に記されています。

『ペテロは、ヨハネとともに、その男を見つめて、「私たちを見なさい」と言った。』

 聖霊が注がれる以前は、この男に関して、ペテロとヨハネはもしかしたら、関心がなかったかもしれません。

 人は、人間を三つに分類して見ているといわれます。
 一つは、「風景」として見ているそうです。私たちが街に出て行くと、大勢の人たちに出会います。それは人というよりも、風景の一部です。
 でももう一段階進むと、人を「機械」として見るというのです。昔、銀行に行きますと、女の子たちが窓口にずらーっといて、入出金やいろいろな手続きをしてくれました。でもこの頃、あのような人たちはいなくなってしまいました。ATMに全て、職を取られたのです。だから彼女たちは、機械の一部であったということです。
 人は一番コアな人だけを、「人」として扱っています。

 美しの門前にいた男も、はじめは「人」ではなく「風景」の一部だったと思われます。しかし、「私を見なさい。」とペテロとヨハネが関心を持った時に、人となりました。そして、「イエス・キリストの名によって歩きなさい!」と命じた時に、男が突然歩きだしたのです。すると、男は躍りながら、神の宮に入って行ったという奇跡が起きました。
 聖霊が注がれると、人々や、領域に、関心を持たされます。その時、イエス・キリストの御名の権威を使うことができるのです。
 その後、三章十九節〜二十節に、このようにあります。

『そういうわけですから、あなたがたの罪をぬぐい去っていただくために、悔い改めて、神に立ち返りなさい。それは、主の御前から回復の時が来て、あなたがたのためにメシヤと定められたイエスを、主が遣わしてくださるためなのです。』

 聖霊様が来られる時、回復が起こるのです。今まで閉ざされていた領域が回復していくのです。
 みなさんにとって、回復が必要な領域があるかもしれません。ある方は、健康の回復を願っているし、家庭の回復を願っているし、ある人は人間関係の回復とか、様々な領域の回復を願っておられると思います。聖霊様が来られる時、回復というテーマが動き始めます。

 今日は私の友人が、この教会に来てくださっています。昔からの友人です。しかし、聖霊が注がれた時、彼は私たちの働きに反対しました。それも大反対の中枢にいて、いろいろと悪口を言ってくれたみたいです。しかし、回復が訪れました。すると奇跡が起こったのです。
 今日はちょっと証をしてもらいたいです。彼は、話し始めたら二日くらい話しそうですが、身の上に起こったことを、まとめて話してくれるように頼みました。佐藤岩夫さんです。彼は、私の父が救われた教会の中心にいた人物です。私は何年か前に、主の導きの中で、出会いました。そして聖霊の力によって、関係の回復を与えて下さいました。
 彼は今、佐賀県に住んでいます。彼のことを知っている人はいますか?数人いますね。

==佐藤岩夫さんの証し

 ハレルヤ!感謝します。今紹介に与りました、佐藤でございます。私はクリスチャンホームの育ちです。今、順先生がお話ししてくださったように、東京のほうの教会で子どもの頃は、滝元明先生や、田中政男先生が憧れの存在で、大きくなったらああいう伝道者になりたい!と思って育ちました。
 私がちょうど青年会で中心的な役割を担うようになった時に、教会がおかしくなっていきました。分裂してしまいました。詳しくは話しませんが、分裂した時に、新城教会のことを悪く言う人たちがいまして、私も「そうだ!新城は良くない!」と思うようになりました。それで散々、攻撃をしていました。みんなで「新城に行ってはいけない。新城は駄目だ」と思っていました。
 しかし私はある時、「こんなことをやっていて、何の意味があるのだろうか?」と思うようになりました。それどころか、自分が情けなくなりました。「果たしてこれでいいのだろうか?教会に居続けることも、クリスチャンとして信仰生活を守っていくことも大丈夫だろうか?」と思うようになりました。クリスチャンホームでしたから、教会以外何も知りませんでした。
 それで考えるようになりました。「そうだ!少し世の中を見てみよう。」そう思いました。私は教会に行くのをやめました。子どもの頃から来ていたのに、教会に行くのをやめて、ビジネスの世界にのめり込みました。きっと世の中を見ていくと、もっとすばらしいものがあるかもしれないと思うようになりました。

 結果、どうなったかというと、気がついた時に、私は四つの会社の社長をやっていました。小さな会社でしたが、上場企業のある企業家からお金を出してもらって、会社を経営するようになりました。東京、大阪、京都、上海で会社をやっていました。いろいろな所でビジネスをやるようになりました。
 成功した!そう思いました。神さまがいないほうが成功するかもしれない!そういうふうに思いました。そして私はさらにビジネスをするようになりました。
 それどころか、クリスチャンの人に出会うと、「おまえ教会なんかに行っているくらいなら、金儲けをしたほうがいいぞ。そうしたらもっと儲かるし、もっと成功するよ!俺が良い例だよ!」と、人に語るようになりました。ひどかったです。そういう生活をするようになっていきました。

 この人間がどのように変わるのか。私自身も、もう変わることはないと思っていたのですが、ある時、不思議なことが起こりました。私はビジネスをやっている中で、宗教でも金儲けをしようと思いました。お寺とか神社に、例えば、お寺に行くと仏像があったりします。それを公開すると、たくさんの人が見てくれるものですから、それを公開して、金儲けをしようと思いました。
 そして、京都のある大きなお寺、真言宗の総本山に行き、ちょうどたまたま館長さんと知り合いになったので、「どうですか?九州のある自治体に協力してもらって、九州で仏像を公開しませんか?」という、ビジネスの依頼に行きました。九州のある市長さんも、「佐藤さんの言う通りだ!是非うちで公開してほしい!」と、市長とあるお寺のトップ、館長とビジネスをしました。
 すると、真言宗のある総本山が乗り気で、それはいいね!と、お布施にもなるし、お寺にも有益だ、信者も増やせるしということで、話にのってくれました。
 そして、今度、仏教界の総会みたいなところで、佐藤さんのビジネスプランをみんなで承認しようということで、承認する理事会が開かれました。それが、二〇一一年三月十一日です。三時少し前、全山一致で、印鑑がバーンッ押されて承認されました。私はその時間をなぜ覚えているかというと、その時間って分かりますよね。東日本大震災が起こった瞬間に、全山一致で私のビジネスプランが承認されました。それと同時に地震が起きて、たくさんのお寺も被害を受けました。
 するとトップの人が私の所に電話をしてきました。「佐藤さん、これはおかしい。こんな事があるはずがない。あの瞬間に地震が起きた。あなたは何か間違っているのではないか。仏様のおぼしめしではない。」と言うのです。あれ?と思いました。私は「そんなことはない。私は宗教心は何もないですから。」と言ったのですが、中止になりました。
 
 そこからです。何かがおかしくなりました。諦められずに今度は神社に行って、有名な神社の宮司さんとお話をしました。「ぜひこの神社にある宝物を、公開しませんか?」その話をした時に、今度は、目が見えなくなりました。両目の毛細血管が破裂して、両目が見えなくなりました。そして病院に緊急入院をして、手術を受けました。失明するかもしれないと言われましたが、目は不思議に治りました。

 しかし、ますます、もっとやらなくてはいけない!と思って、京都に住所を移して、ビジネスをするようになりました。
 そうしたところ、今度は歩けなくなりました。調子が悪い。どんどん調子が悪くなる、これはおかしいぞと思い、病院に行ったら、「佐藤さん、あんた手遅れだよ。腎臓が悪くて腎不全になっているし、いろいろなところが悪くなっている。あと数日で死ぬよ。」とお医者さんに言われました。私はびっくりしました。そしてそこから入院しました。
 私はなんと、六年間も入院しました。六年間といっても、入院、退院を繰り返したわけですが、入退院を繰り返す生活になってしまいました。もちろん仕事もできなくなりました。すべてのものを失いました。私は家族も失いました。一人になり、そして病院に入り、収入もなくなり、生活保護を受けるようになり、どうしようもない状態まで落ち込んでしまいました。
 神さまから離れることは、とても恐ろしいことですね。でも私は、それでも気づかなかったのです。そこまで打ちのめされていて、気づかないというのは、よっぽど頑固なのでしょう。

 その時に、また不思議なことが起こりました。それは何かというと、ある韓国人の牧師先生、在日大韓教会の牧師先生が私を訪ねて来ました。そして、お友達になっていろいろと話を聞いてくれるようになりました。今まで誰も相手にしてくれなかったのに、韓国人の牧師先生だけが、私を相手にしてくれるようになり、話を聞いてくれるようになりました。
 そして在日大韓教会のクリスチャンたちが私の所にやって来ました。病院に来て祈ってくれるようになりました。不思議でした。日本人は誰も来ないのに、韓国人ばかり私の所に来て祈ってくれる。そこから私は変えられて行きました。その在日大韓教会に通うようになりました。私が唯一の日本人だったので、韓国人しかいないのですが、そこで韓国語の賛美を聴きながら、ほとんど歌えなかったですが、楽しく礼拝を守れるようになりました。
 そして、悔い改めに導かれました。私はイエスさまから遠ざかっていた。この罪をお赦しください。そして、ありとあらゆる罪を悔い改めたら、涙が止まらなくなりました。本当に罪深い人間なんだ、ということがその時に分かりました。

 そして、私は信仰を回復しました。信仰を回復したのですが、なかなか病気は治りませんでした。病院に入院をしました。今度は骨折をしました。さらには足が不自由になり、そして今度は分からない、抗生剤のきかないウイルスに冒されて、もうあと一年か半年は入院しなければならないと言われる状況になりました。
 そんな時、滝元順先生が私の所に来てくださいました。京都の病院に入院していましたが、新城から、わざわざ来てくださって、私のために祈ってくださいました。その時から、また大きく変わりました。

 私はずっと祈っていました。「神さま、私はどうしたらいいでしょうか。」そしたら、「私はあなたを癒やす。」とおっしゃられました。「おまえを佐賀に遣わす。」と、そんなふうにおっしゃるのです。佐賀県?私にとっては、確かにビジネスで行ったことはありましたが、東京出身で、ずっと関西でビジネスをやっていましたから、佐賀県はあまり関係ありませんでした。そんなことが起こるのだろうかとなかなか信じられませんでした。
 そうしたところ、順先生がお祈りして帰られた後に、佐賀県から若いビジネスマンが二人やってきました。クリスチャンでもなんでもない人が、しかも病気である僕の所にお見舞いに来たのですが、「佐藤さん!佐賀に来て、ビジネスをやりましょう!一緒に!」えっ?と思いました。ありえないですよね。しかも病気で入院して、あと半年か一年入院しないといけないという所に訪ねて来た。「君らおかしいよ!」と僕は言いました。「いや!来なきゃいけないと思って来たんです。なんか急に佐藤さんに会わないといけないと思ったんです。」と言うのです。私はびっくりしました。まさに神さまなんだなと思いました。ただ、とても信じられませんでした。なぜならば、病気であと半年から一年は入院しなければいけなかったからです。それでその時は帰ってもらいました。
 そして私は神さまに祈りました。「本当にそれが実現するんですか?」『実現する。』と神さまはおっしゃられました。

 それで私は祈っていましたが、昨年の三月の頃でしたか、また二人がやってきて、「佐藤さん、佐賀に住む処ができました。何もいらないですから、そのまま来てください。」驚きました。すると今度は次の次の日くらいでしょうか。お医者さんが「退院していいよ。良くなっているから。」と、私はびっくりしました。人工透析を受ける体であることは今も同じなのですが、退院をして、佐賀に気がついたら行っていました。そして佐賀の若い人たちと一緒に今、ビジネスをやっています。ビジネスといっても、若い人たちを育てる役目ですが、佐賀に遣わされました。
 佐賀県という所は、どういう所かというと、日本一教会が少ない県です。是非お祈りしていただきたいです。佐賀は本当に教会が少ないのです。日本一教会が少ない県が佐賀県なのです。そこに私が遣わされたことは、神さまの大きな導きだと思っています。

 そして癒やしが起こり、不思議なことが起こっています。私の病気の姿は、ずっとフェイスブックで載せていましたので、写真もいっぱい載せていましたので、それを見ている人がたくさんいました。さらに良くなって佐賀県に行って、元気にしている姿を見て、いろんな人たちがびっくりしています。それで「イエスさま、神さまは本当にいらっしゃる!」と、ノンクリスチャンの人たちが言ってくれるようになりました。そのままが証しになってしまっていることに気づかせられました。
 今、私は証しをすること、伝道すること、それしか考えられなくなりました。今日もこうして証しをさせていただけることが本当に感謝です。先月も東京である福音自由の教会で証しをさせていただきましたが、いろいろな所で最近証しに呼ばれるようになりました。そのままで証しになるというのです。
 順先生が来られた時にも入院していましたが、弱って大変な状況でした。しばらく杖もついていました。なのに癒やされました。
 私は感謝しています。そして今は、いろんな人に証しをすることだけしか考えていません。証しをすることがすべてです。今日もこのようにして証しをさせていただいた喜びを感謝しています。

 そして皆さんの前でも悔い改めたいのは、新城教会のことを散々悪く言ったことです。これはもう本当に、神さまの前でも悔い改めましたが、みなさんの前でもう一度悔い改めさせてください。本当に神さまはすばらしいです。聖霊様がこれほど大きなことをなさっているのに、私はそれを批判したことを、強く強く、今も悔い改めて臨んでおります。でもみなさんの前でこのようにお証しができたことを、心から感謝いたします。ありがとうございます。ハレルヤ!

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 いや〜うれしいですね。あれは二年前でしたでしょうか。佐藤さんに会って来ようと思いました。この地上で、最後かなという感じでした。
 私は家内と一緒に行ったのですが、家内に車の中で祈っていてもらって、彼の所に行って話をして、祈らせていただきました。熱がすごく高くて、これ以上は無理かという状態に見えました。しかし、使命がある時、人は生きるのです。今は佐賀で元気にやっておられます。これから豊かに用いられるように、お祈りくださいね。

 私たちはいろいろと、反対されたり、批判されたりしましたが、反対するのも役割だったと思います。そういう人たちがいないと、高ぶってしまったり、おかしな道に行くかもしれないからです。反対者や批判する人たちがいて、道が矯正されて、正しい道を歩むことができるのです。
 こうして回復が訪れるのは、まさしく聖霊様の働きです。主がなしてくださった大きなみ業に、拍手をささげましょう!ハレルヤ!

 最後に一つのことをお話しして、終わりにしたいと思います。この頃、私たちは詩篇百四十八篇から、教えられているのですが、詩篇百四十八編は、すべての被造物に対して、「主をほめたたえなさい!」と勧めているところです。
 ここを読むと、福音が、ただ単に人だけのものではなくて、神が造られた被造物全体に及んでいることが分かります。その中で、五節と十三節、「彼らに主の名をほめたたえさせよ!」とありますが、これが、私たち人類の役割です。神が造られた被造物全体に対して、彼らに主の名をほめたたえさせる役割が、人にはあるのです。
 まだイエスさまを信じていない人たちにも、福音を伝えて、彼らが主をほめたたえるように働くわけです。また、神が造られた被造物全体にも関わって、主をほめたたえなさい!と宣言する時に、彼らは主をほめたたえるようになるのです。

 午後から、霊的戦いセミナーを行いますが、被造物は人の言葉が分かるわけがないだろう、と思うかもしれませんが、人は管理人ですから、被造物に対して、「主をほめたたえろ!」と宣言すると、反応するのです。これは物理学的にも、証明されています。そして、祈りはきかれるのです。今日は、そのことについてお話をさせていただきます。
 また経済の中に暗闇の力が働いています。佐藤さんもビジネスにのめり込んで、信仰も奪われ、健康も、すべて奪われたと話ししてくれました。やはり経済と霊的戦いは大きな領域です。そのことについても、お話しさせていただきます。

 詩篇の百四十八篇、『すべての被造物に主の名をほめたたえさせよ!』と主は招いておられて、十四節に、

『主は、その民の角を上げられた。主のすべての聖徒たち、主の近くにいる民、イスラエルの子らの賛美を。ハレルヤ。』

と結んでいます。昨日、私の友人の牧師が、「順先生、最近、ここからよく話しているから、この箇所の注解で興味深いのを見つけたから、送ります。」言って、送ってくださいました。
 そこに何と書いてあったかというと、『その民の角を上げられた。』という言葉に関して、「民の回復」、または「神の計画を成し遂げる人物として、期待される」という意味があるというのです。そして、「被造物に主をほめたたえさせることが、教会の使命でもあり、その結果、私たちに神の力と回復が与えられるという概念がある」となっていました。
 ここに聖霊に満たされる秘訣があります。被造物全体に対して、主をほめたたえさせるのが、教会の使命で、私たちがそれを行う時、結果として、「神の力と回復」が訪れるのです。

 聖霊に満たされるとは、力をもらって、一丁やってやろうか!というのではなくて、被造物全体に関心を持って、主をほめたたえさせる、この働きをする時に、そこに教会の使命がありますから、神の力と回復が訪れるのです。

 九二年に聖霊を注いでくださって、二十六年経ちますが、振り返ってみれば、このように導かれていることは、神の大きな摂理と、目的があることを覚えさせられます。聖霊の風に後押しされながら、リバイバルの働きを、最終的には、主が帰って来られる準備の働きを、実現させていただきたいですね。
 聖霊が注がれるとは、神の国の訪れの保証です。エペソ人への手紙一章十四節に、

『聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証です。』

 神の国の実現のために働いていきたいと願っています。最後に一言お祈りして、聖餐式に移っていきたいと思います。

 ハレルヤ!天の父なる神さま、御名をあがめます。今日は聖霊様が来てくださった記念日、ペンテコステの日に、このような礼拝を持つことができ、心から感謝をいたします。聖霊様が私たちの所に来てくださって、世界宣教へ導き、すべての被造物の回復のために用いてくださっていることを、心から感謝します。
 今日はすばらしい証しも聞くことができました。あなたが回復をはじめてくださっていることを、心から感謝します。聖霊様の後押しによって、坂道を上りきることができますように。
 今から聖餐式を持ちますが、主よ、聖餐のひとときを祝福してください。備えられたパンと、ぶどうのジュース、み言葉と聖霊によって、イエスさまの体であり血であることを宣言します。
 もう一度聖霊に深く満たしていただいて、あなたの計画を遂行することができますように。御手にゆだねて、尊きイエスさまの御名によって祈ります。アーメン。