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「2018年 彼らに主の名をほめたたえさせよ!
悪霊どもを捕虜とせよ!」

2018年1月14(日)
新城教会主任牧師 滝元順
コロサイ人への手紙 2章12節〜15節

『あなたがたは、バプテスマによってキリストとともに葬られ、また、キリストを死者の中からよみがえらせた神の力を信じる信仰によって、キリストとともによみがえらされたのです。あなたがたは罪によって、また肉の割礼がなくて死んだ者であったのに、神は、そのようなあなたがたを、キリストとともに生かしてくださいました。それは、私たちのすべての罪を赦し、いろいろな定めのために私たちに不利な、いや、私たちを責め立てている債務証書を無効にされたからです。神はこの証書を取りのけ、十字架に釘づけにされました。神は、キリストにおいて、すべての支配と権威の武装を解除してさらしものとし、彼らを捕虜として凱旋の行列に加えられました。』

 ハレルヤ!おはようございます。新しい年が明けて、二週間が経ちました。共に主を礼拝できますことを、心から感謝をします。

 今のヘブンリーキングダムの賛美は本当に恵まれましたね。喜びにあふれた賛美でした。今日歌ってくれたゴスペルは、この頃話しています、詩篇百四十八篇の「すべての被造物が主をほめたたえる」という素晴らしい歌詞の賛美でした。人類だけでなく、神によって造られたすべてのものが主をほめたたえる、今年はそのような年にさせていただきたいと、心から願っています。
 今日はセンター試験があるみたいで、受験を控えた方々にとっては大変な時期ですが、春は新しい扉が開かれる季節です。お互い、祈り合って、二〇一八年、神の時を過ごしていきたいと願っています。

 新年にPPHがあったのですが、その時、私たちが属している「全日本リバイバルミッション」が、新しい時を迎えました。四月から、全日本リバイバルミッションの名称が変わります。最近は、日本国内だけでなくて、全世界に出て行っていますから、「全日本」を取り除き「リバイバルミッション」という名称になります。すでに、そのように呼んでくださっていますが、それと共に、今まで私たちのような年寄りが中心的にやっていた働きですが、若い方々を全面に押し出して進めて行きたいと願っています。
 
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それで今回、PPHの中で、「リバイバル・ミッション」の発足式がありました。多くの方々が集まってくださり、共に祈ってくださいました。今まで事務局を預かっていた方々や、周りの方々が中心となって、実行委員会というような組織ではなく、「サーバントチーム」という呼び名で、仕える人たちを中心に働きが展開していきます。是非とも祈っていただきたいと思います。
 その説明書も配られたのですが、「全世界に出て行ってすべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」というタイトルでこの働きを進めていきます。

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 一九七〇年に、私の父と田中政男先生の二人が、この働きを始めました。今年で四十八年にもなりましたが、彼らは伝道者でしたから、「一人も滅びないために」という魂の救いから始まった働きですが、今では、福音の理解の範囲が聖書的に広がって、「すべての造られたもの」と「者」がひらがなになっています。その下に英語で、”Preach the good news to all creation.”と、「すべての被造物に」となっています。先ほども「全世界に出て行き」という賛美がなされましたが、字幕が「者」という、人になっていましたが、人ではなくて、神が造られたすべての被造物に福音が宣言されるために人類は造られ、救われた者たちによって、被造物全体が回復するというのが福音です。

 今年、私が主から導かれているみ言葉は、二つあると新年聖会でお話しさせていただきましたが、その一つが、詩篇百四十八篇です。クワイヤーが賛美してくださった内容を含んでいるみ言葉ですが、今日もそれを復習というか、確認していきたいと思います。詩篇百四十八篇、前にも一緒にお読みしましたが、もう一度読んでみたいと思います。これは、人類の役割です。すごく重要な箇所だと私は確信しています。これが自分の役割であることを意識しながら読んでみたいと思います。

『ハレルヤ。天において主をほめたたえよ。いと高き所で主をほめたたえよ。
主をほめたたえよ。すべての御使いよ。主をほめたたえよ。主の万軍よ。
主をほめたたえよ。日よ。月よ。主をほめたたえよ。すべての輝く星よ。
主をほめたたえよ。天の天よ。天の上にある水よ。
彼らに主の名をほめたたえさせよ。主が命じて、彼らが造られた。
主は彼らを、世々限りなく立てられた。主は過ぎ去ることのない定めを置かれた。
地において主をほめたたえよ。海の巨獣よ。すべての淵よ。
火よ。雹よ。雪よ。煙よ。みことばを行うあらしよ。
山々よ。すべての丘よ。実のなる木よ。すべての杉よ。
獣よ。すべての家畜よ。はうものよ。翼のある鳥よ。
地の王たちよ。すべての国民よ。君主たちよ。地のすべてのさばきづかさよ。
若い男よ。若い女よ。年老いた者と幼い者よ。
彼らに主の名をほめたたえさせよ。主の御名だけがあがめられ、その威光は地と天の上にあるからだ。
主は、その民の角を上げられた。主のすべての聖徒たち、主の近くにいる民、イスラエルの子らの賛美を。ハレルヤ。』

 ここで、すべての被造物は主をほめたたえなさい!と命令されています。天の天にある被造物から、地の地にあるものまで、最も高いところから、最も深いところに住む、神によって創造された被造物全てに対して、「主をほめたたえなさい!」と命令されているわけです。
 私たちは神によって造られたものですから、今日も主をほめたたえたわけです。そんな中で、特に、人類に与えられている役割が、百四十八篇五節、『彼らに主の名をほめたたえさせよ。』また十三節にも、『彼らに主の名をほめたたえさせよ。』とあります。
人類は、神が造られたすべての被造物に、主の名を「ほめたたえさせる」指揮者のような役割です。

あなたがあなた以外の被造物に対して、「主をほめたたえなさい!」と宣言すると、彼らのスイッチが入って、主をほめたたえ始めるのです。
 残念ながら人間の罪によって、人間を含めて、すべての被造物が悪魔の手に渡ってしまったのですが、イエス・キリストによって救われ、もう一度、人類本来のポジションが回復して、すべての被造物に対して、「主をほめたたえなさい!」と宣言できるようになったのです。
 今年は、身のまわりの生き物、植物、その他目にするものはすべて、主が造られたものばかりですから、「主の名をほめたたえろ!」と宣言してください。その時、周りの被造物は、あなたと一緒に、主をほめたたえるはずです。

 先週はリバイバル聖書神学校が行われたのですが、神学校も三月までで教室制は終了します。その後は、今まで二十年以上に渡って、多くの授業がなされてきましたから、それらをインターネットで活用して、アーカイブを勉強できるシステムを作りたいと願っているのですが、私は「霊的戦いの諸相」という授業を、毎回、担当させていただいています。その時、生徒のみなさん方に宿題を出すのです。
先生になって宿題を出すのって、本当に良い気分です。なぜなら、昔、宿題に苦しめられましたから。今度は逆に、「宿題をやってこい」と言えるのは、本当に嬉しいです。私が言う通りに、生徒の皆さんは宿題をやらなければならないのです。
 でも、霊的戦いの諸相は、宿題を出してもそれを評価したりはしません。なぜならば、霊的戦いは私が評価できるようなものではないからです。レポートは、その人に主が直接、教えてくださったものだから、私はそれを読ませていただき、学ばせていただいています。

三重県のほうから一人の青年が学びに来られているのですが、私は十一月に「外に出て行って、示される場所に行って、主の名をほめたたえなさい!と宣言する時をもってください。」という宿題を出しました。すると、それぞれいろんな所に行って、「主の名をほめたたえろ!」と宣言して、その様子をレポートしてくれました。
 それを読ませていただき、たいへん恵まれたので紹介したいと思うのですが、彼は三重県の鈴鹿市に住んでいます。

「鈴鹿山脈から三重県四日市市南部を通り、伊勢湾へ流れ出す内部川の中流から下流へ移動しながら賛美し祈りました。下流域から海までは、川沿いに石油コンビナートがたっています。すべての被造物が主の御名によって解放されて、ともに主の名をほめたたえ、いのちが溢れ出るように願い祈り、また合わせて第二次世界大戦下、コンビナート地帯の空襲によって流された血から、土地が解放されることも覚えて祈り、賛美しました。
風が強く寒い日でしたが、下流へ移動しながらしばらくの時間、賛美し、祈り続けていると、土地全体、見る景色、その空気が変わったのを感じることができました。それまでの何か色あせた、ものかなしい雰囲気が、急に開けたかのように、いのちの光が被造物を通して流れ出て、無言のうめきが賛美へと変わったような、そのような土地全体の空気の変化を感じました。今後もキリスト者として、福音に生きるということの意味を追い求めつつ、人間だけでなく、すべての被造物のうめきに耳を傾けることを忘れず、私たちのこの足で歩む、すべての地が、主のものとされて、もっと大きなスケールで被造物全体を通して御国がこの地に訪れ、広がっていくように、祈り、賛美をささげていきたいと思います。」

 素晴らしいレポートをくれました。実際にやってみるものですね。今週、みなさんが住んでいる地域に出て行って、主を賛美して、すべての被造物に対して、「主をほめたたえなさい!」と宣言してみてください。そのような権利が私たちには備わっています。私たちが実行する時、周りの造られたものは、主をほめたたえ始めるのです。人類だけでなく、周りの被造物も一緒に賛美するならば、世界は変わるはずです。

 前にもお話ししたことがあるかもしれませんが、私は毎朝というか、この頃、寒くてちょっと怠っているのですが、ウォーキングをします。今朝はウォーキングしたのですが、歩くコースの途中に、「さかき」って知っていますか。神道の礼拝時に使う植物が栽培されている畑があります。
 今まで私は、本当に嫌な植物だなと思っていました。昨年のはじめ頃までは、通るたびに「主の名によって…」とか言って通っていました。
 でも、昨年後半から私の思いが変わりました。現在、さかきは悪霊を呼ぶ植物として、人間によって目的がねじまげられて使われているけれど、本来は、主によって造られた素晴らしい植物のはずだとだと気付いて、さかきはきっと、うめいているだろうなぁと、感じました。
「俺たちはこんな役割で、造られたんじゃないよ。毎朝、牧師が来て私をつねって…」と思っているのではないかと感じました。
それで私は心を入れ替えました。もしかしたら、さかきって、最も重要な植物かもしれないと思いました。敵の面前に行ける唯一の植物じゃないですか。日本中の神棚の面前にぶっさされ、敵の面前に行く植物ならば、私たちがさかきに向かって、「敵の面前に行って、主をほめたたえろ!」と命じたら、悪霊どもはびっくりして、腰を抜かして倒れるんじゃないかなぁと思いました。
私はこの頃、その畑の側を通るのが好きになりました。さかきを見たら、「がんばっているか。祝福を受けよ!」と言って、そのうち出荷されていくだろうから、「敵の面前に行ったら、賛美してくれよ!」と頼むようになりました。ちょっと私も変わったなと思うのですが、目にする風景はすべて神が造られたものですから、それらに主の名をほめたたえさせるのは、人類の最も大きな使命です。
 今年もいろんな仕事をされると思いますが、それ以上に大事なのは、主が造られたものすべてに、「主の名をほめたたえさせる」ということではないかと思います。

 この礼拝はインターネットで中継されていまして、ここまで来られない方々が参加してくださっています。先週はネット回線が悪くて、誰が参加されたのか分からなかったので、礼拝人数が少なくなっていますが、多い日は四、五十名の方々がネットで礼拝に参加してくださっています。これは新城教会限定で、関係者じゃないと参加出来ませんが、カナダから参加してくださっている方がおられます。その方はご主人が韓国人で、日本人の奧さんなのですが、毎回、参加し、祈ってくださっています。その方が、主の名をほめたたえさせよ!ということを聞いて、日頃の生活の中で宣言するようになったというのです。
 今、カナダは相当寒いらしいです。毎日がマイナス二十度だというのです。窓ふきをしたりすると、水がすぐに結晶になるというのです。水は凍らせると結晶になり、きれいな幾何学模様をつくります。ある日、窓に小さな結晶がびっしりとついていたというのです。
 それで、雪の結晶というか、水の結晶に、「あんたたちも主をほめたたえなさい!」と宣言したというのです。
次の日、窓を拭こうとしたら、なんと普段は小さな結晶なのに、その窓だけ、でっかい結晶になっていて、びっくりしたというのです。
 詩篇の百四十八篇の中に、水に対して、雪に対して、雹に対して、主の名をほめたたえさせよ!とあります。その方は水滴に「主の名をほめたたえろ!」と命じたら、大きく、美しい結晶を描いたというのです。本当にすべての被造物は、人間の宣言を待っているんですね。

 近頃、韓国で一つのテレビ番組があったそうです。それは日本で行われた研究発表のテレビ番組で、水に対して愛の言葉をかけるのと、水に対して「この馬鹿」とか「くそったれ」とか、悪い言葉をかけて凍らせて、結晶を比較すると、全く違う結晶を作るという番組です。
 日本のある大学の先生がそれを研究して、紹介していました。その教授は進化論者ですから、「どうしてこんな結果になるんですか?」という問いに、「水というのは人間の心の鏡だから、人の心が映るんですよ。」みたいな、適当なことを話していましたが、そうではないですね。神が造られたものには全て、いのちがあるはずです。これ見てください。

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 感謝の言葉の水の結晶と、汚い言葉の水の結晶って、こんなにも違うそうです。水に対して、「君を愛するよ。」とか、「水さん、感謝します。」とか語りかければ、結晶が全く違うというわけです。汚いことば、ばっかり語っていると、こういうふうに乱れるわけです。この法則の根源は、クリスチャンに権威があるのです。
 感謝の言葉だけで、このくらいの結晶になるとしたならば、「主をほめたたえなさい!」と、彼らに宣言するならば、どのくらいすごいことになるのか分かりません。私たちは、考え方を改めなければならないです。

 ところで私たちの体は、七十パーセントくらいが水らしいのです。水がなかったら人は生きていくことが出来ません。もしも、私たちの体の七十パーセントの水に対して、主の名をほめたたえさせたら、いのちはもっともっと豊かになるのではないでしょうか。
 いつも不平や不満、悪いことばばかりを語っていると、体の水も悪くなるけれど、体の中の水が主をほめたたえだしたら、健康にもなるのではないでしょうか。

 この頃、水が悪いと病気になるといって、水を買う時代になりました。私は水を買うなど、どうにも解せなかったというか、なんで水に金を払わなくちゃいけないんだ!と思っていました。ペットボトルに水を詰めて百円で売るなんて、ふざけていると思っていたけれど、この頃は水を買ってしまう自分がいるという時代になってしまいました。水って大事だということをみんな分かっています。
 我々がさらに、もっと深いところで、水に対して、主の名をほめたたえよ!と宣言するなら、百四十八篇にあるように、彼らも被造物ですから、主をほめたたえるようになるはずです。

 一般の人たちは、自然界に対して、どのように考えているのかというと、「地球は何もないところから進化した」という進化論的考えです。
けれども日本人は、ものにはいのちが宿っているという考えを持っています。どうしてそのように考えるかというと、自然界は進化してできたけれど、神霊がどこかから下りて来て、物に寄りつき宿っていると考えているわけです。
 地面は自然に発生したが、どこかから悪い霊が下りて来て住み着いているというわけです。だから家を建てる時には、地面をやたらにほじったりすると、地の神の頭をかじったりして怒り出すから、地鎮祭とかやるわけです。でも、これは間違いです。

クリスチャンの考えは、「すべては神の被造物」、そこにいのちがあるとしたら、「いのちはすべて創造主から来ている」という理解です。私たちの内側にあるいのちも、動物の中にあるいのちも、神以外に、絶対に造ることはできません。神がすべての被造物に、いのちと息を与えたということです。
 一見、無機質に見えるものでさえ、人間では計り知ることができないいのちがあると思われます。イエス様は言われました。「あなたが黙っていたら、石が叫び出します。」
石なんかにいのちがあるのかと思うけれど、イエス様は、「石が叫び出す!」と言われましたから、石も被造物ならば、なんらかの創造主とのチャンネルを備えているはずです。
 私たちが「主をほめたたえろ!」と宣言する時、彼らは彼らの方法で
主をほめたたえるようになるはずです。

 すべては神の被造物であり、そこに満ちているいのちは、天地宇宙を造られた神から来ているのです。そして、人類は、他のいのちに対して、主の名をほめたたえろ!と宣言する役割だというわけです。
 今、地球の人口って、どのくらいあるのか昨日調べてみたら、七十五億人とありました。これが本当ならば、これから地球はやっていけるのかなって思います。
東京の渋谷の交差点は、この近所の人たちは絶対に行きたくないはずです。

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 一回の横断歩道を渡る人数でさえ、こんなにも多く渡るわけですから、人類、ちょっと人口増えすぎたなぁと思うかもしれません。
さて、ここで問題です。
 地球上に最も多く住んでいる生物って、なんだか知っていますか?人間は七十五億人、この頃、からすも増えたなぁとか、雀が増えたなぁとか、魚が減ったとか、いろいろと言われますよね。しかし、地球に最も多く住んでいる生物、何かご存じでしょうか。

地球に最も多く住んでいる生物は、「細菌類」だというのです。なんと一人の中に千兆個の細菌が住んでいるということが、最近の研究で分かってきたのです。
「あなたはひとりぼっちじゃない!」と、この間も話しましたが、ひとりぼっちなんかじゃありません。千兆なんてすごい数です。
「あなたの体は九割が細菌」というのです。遺伝子量で比べたら、人はほんの一割にも満たないのです。私たちの中には、無数のバイキンマンたちが住んでいるようです。十年前までは、一人の腸の中の細菌は百兆個と言われていたのが、近ごろ、その五〜十倍、五百〜千兆個の細菌類、バクテリアが住んでいることが分かったというのです。細菌類を特定する技術が確立したみたいです。私たちはバクテリア類と共存しているのです。
 千兆×七十五億。学生のみなさん、計算してみてください。どうなるんですか。地球は誰のものですか。人間のものではないですね。地球は微生物のものだと思います。そして、それらすべてに、いのちが宿っているのですから、すごいじゃないですか!

 私たち人類は、最も高度に進化した存在だと思っていますが、違います。人間の遺伝子は、幾つくらいあるかというと、二万三千個だそうです。遺伝子とはDNAがまとまって何らかの働きをする連鎖を遺伝子と呼ぶらしいのですが、人間以上の遺伝子量を持っている生物が何かと言うと、ミジンコです。

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 水中の微生物ミジンコ、人の遺伝子二万三千個に対して三万一千個の遺伝子を持っているというのです。人とミジンコ、神はどちらに力を入れて造られたのか?どうも、ミジンコのほうに重きを置いて造られたのかもしれません。
 人類はおごり高ぶっていて、自分たちを中心として生きていますが、人は細菌類に助けられ、生かされているのです。としたら、生けるものすべてが神の前には大切な存在です。

 昨年、こんなニュースが流れていました。「腸内細菌が脳に語りかける通信チャンネルらしきものが発見された」というニュースです。
 腸の中に住んでいる細菌類が、私たちの脳細胞と回線を持っていて、私たちの脳と、勝手にコミュニケーションしているらしいのです。その物質は豚で特定されたそうで、人間と豚は似ているから、たぶん人間もそうではないかというニュースです。自分の思いは自分の考えだと思っているかもしれないけれど、自分の思いよりも、微生物の思いが自分の思いに反映されている可能性も十分あるそうです。
 あぁ腹減ったなぁ!肉食いてぇ!って、自分が思っているかもしれないけれど、特定の微生物が、「俺たちの生存の為に、肉を食って来い。焼肉屋に行け!」とか信号を脳に出すから、ふらふらと焼肉屋に行っちゃうのかも知れません。
最近は、肥満も、アレルギーも、鬱病も、微生物の問題ではないかと疑われています。

 人の遺伝子が確定され、遺伝子の狂いさえ直したら、人は飛躍的に命を延ばすことができる!と、かつてクリントン大統領が、「人類はついにやった!ゲノムを全て解析したから、これからは病気になっても、発生源の狂いを直したら、みんな健康に生きることができる!」と喜びの声明を出しました。
 しかし、その分野の研究が始まったのですが、遺伝子の情報だけで病気になることもあるらしいのですが、それだけではないというのです。遺伝子情報と微生物がつながって、いろんな問題が起きるというのです。
 一概に遺伝情報が悪いからどうのというよりも、微生物が遺伝子にどう関わるかで、結果が変わるみたいです。
 ということは、微生物はすべて、神が造られたわけですから、微生物と、人類との対立関係を解消したほうがいいのではないでしょうか。
そんな中で、この微生物、好きですか?

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 これはインフルエンザウイルスの模式図らしいですが、今日もインフルエンザで礼拝に来られなくなった方もおられるかもしれません。インフルエンザのウイルス、誰が造ったのでしょうか。悪魔が造ったわけではないはずです。生態系に必要なウイルスとして、神が創造されたと思われます。しかし、人類が罪を犯した時に、生態系全体がねじれたのです。
 聖書を見ると、神はすべてを完璧に造られたけれど、人が罪を犯した結果、いばらやあざみを生じたとあります。それは、人が罪を犯した為に、神が「悪いものを追加創造!」というのではなく、神が創造された完璧な生態系が、罪によってバランスを失ったことを意味していると思われます。すべてが人間中心的な活動になってしまったことにより、本来は人類と協力関係の被造物、とりわけ微生物と人類は対立関係になったのではないでしょうか。
 インフルエンザ・ウイルスとあなたが和解して、対立関係が解けたら、インフルエンザを恐れることもなくなるはずです。「インフルちゃん」と、私たちの生活に、健康になくてはならないウイルスになってくれるかも知れません。

 私は自慢じゃないですが、インフルエンザにかかつた覚えがありません。今までは、「インフルエンザの悪霊をやっつけます!出て行け!」と祈っていましたが、この頃はインフルエンザのウイルスと友達になれるように祈っています。体の中に住んでいる微生物と友達になって、持ちつ持たれつ、共存・共栄の関係になれたら、病気も治るかもしれないです。
実際、この領域の研究が進んで来ています。人は、一人で生きている存在ではない、宇宙規模の生態系が体の中にさえあることが分かって来たのです。それは神の創造の偉大さです。

 私たちが体内の被造物に対して、主の名をほめたたえなさい!と宣言したら、一千兆個の聖歌隊と共に主をほめたたえる事になるのです。
 「内なるものすべて、主をほめたたえよ!」という賛美がありますが、内なるものって、心だけではなく、内側の細菌類も一緒に賛美したら、相当すごいことが起こるんじゃないかと思います。

 すべての被造物に対して、「主の名をほめたたえよ!」と宣言することは、おとぎ話ではなく、現実問題として、すごいことが起こる可能性が大です。その宣言をしてみてください。
神が造られたすべての対立関係が解けたら、すべてのものが生きるのではないかと思います。

 前にもお話ししましたが、土地は生き物です。土地がなかったら人は生きることはできません。土地の上で罪が犯されると、土地を呪い、土地に血が流されると、土地から人は呪われるのです。
 そんな中で一番やっかいなのは、土地の上で殉教者の血が流れることです。それは土地から呪われるだけでなく、殺された魂が神の祭壇の真下で神に復讐を願うというのです。
「あの街で私は殺された!あの街に復讐してくれ!」と叫ぶのです。
 土地の上で殉教者の血が流れると、死後の世界からも呪われるのです。日本はキリシタン大迫害で、何十万人という人たちが命を失っています。その結果として、リバイバルが起こるなどという人がいますが、その逆です。起きるわけがないのです。殺された人たちは、日本に対しての復讐を祈っています。私たちクリスチャンが、地との和解を宣言しなければいけないのです。

 一月一日にすばらしいことがありました。なぜなら、新城市に住むクリスチャンたちがクチコミで集まり、ある場所のためにとりなしに行ったからです。
 新年礼拝の後に、三十名くらいの新城市在住の方々が集まりました。初めは二、三人で、ある所のために祈る為に行ったのですが、集まるわ集まるわ、大勢集まって祈りました。後ろを見ると藪でしょう。

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 藪の前で、みんなで祈り、ここで聖餐式を行いました。なぜかというと新城にはかつて城があって、そこでキリシタンが処刑されたのです。それがどこかというと、新城教会発祥地の下の斜面です。

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そこがキリシタンの処刑地であったことが、最近わかったのです。新城市に井道という場所がありますが、そこで二人のキリシタンが捕まえられて処刑されたのです。この二人は十字架につけられて殺され、三日間、見せしめのために、野ざらしにされていたというのです。「見てみろ!クリスチャンになったらこうなるんだ!」と言う見せしめでした。恐ろしいですね。
しかし不思議だと思います。キリシタン処刑の十字架が立てられた斜面の上に、救いの十字架が立てられて、新城教会が始まったからです。
 今から六十数年前、私の両親が新城市に入って来て、初めて教会を作ったのが、処刑所の上の四軒長屋の片隅でした。初めから、呪いを祝福に変えるという、神の大きな計画があったと感動します。
今年は主が、何かを起こそうとされているのかもしれない!と期待しました。
みなさんが住んでいる土地に対して、主の名をほめたたえなさい!と、和解を宣言してください!人類に与えられている役割は、すべての被造物に対して、主の名をほめたたえさせることです。こんなすごい権限はどこにもありません。

 詩篇148編に、『海の巨獣よ。すべての淵よ。』と記されていますが、この事柄に関しても、昨年語らせていただきました。これはレビヤタン、竜と呼ばれる、人類の最大の敵であるサタンです。サタンに対しても、「主の名をほめたたえろ!」と、宣言することができるのです。

 「サタン」がどのような存在であるのかについて、イザヤ書十四章十二節〜十五節に記されています。これはバビロンの王のことを告げているとも言われますが、同時にサタンのことを告げているであろうと言われます。

『暁の子、明けの明星よ。どうしてあなたは天から落ちたのか。国々を打ち破った者よ。どうしてあなたは地に切り倒されたのか。あなたは心の中で言った。『私は天に上ろう。神の星々のはるか上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山にすわろう。密雲の頂に上り、いと高き方のようになろう。』しかし、あなたはよみに落とされ、穴の底に落とされる。』

これは人類が創造される以前かもしれません。いろいろな説があるみたいですが、天で神の側で賛美していた聖歌隊がいたのです。その長の名をルシファー、のちにサタンと呼ばれる存在です。彼は神が礼拝されている姿を見て、「俺は神を礼拝する役割だけれど、神じゃなくて俺を礼拝してもらいたい。」と、自分の配下にある天使たちに、「俺を礼拝しろ。」と言ったみたいです。その結果、彼らは地に落とされたと記されているわけです。
十四章十一節には、こんなふうに書かれています。

『あなたの誇り、あなたの琴の音はよみに落とされ、あなたの下には、うじが敷かれ、虫けらが、あなたのおおいとなる。』

『あなたの琴の音はよみに落とされ、』とありますが、音楽を天で司っていた天使たちが地に落とされ、悪魔、悪霊どもになったということです。
 今、この地では誰が礼拝されているのかというと、他でもない、サタンが礼拝されているのです。サタンの目的は、自分に礼拝を集めることです。彼らに対して「主を賛美しろ、礼拝しろ」と言ったって、普通では、絶対に従うことはありえません。「うるさい!おまえらこそ、俺を礼拝しろ!」と逆に言われてしまうでしょう。

 しかしです。なんと、主を信じる者たちには、悪魔・悪霊どもにさえ、「主をほめたたえろ!」と命じることができるのです。詩篇百四十八篇では「淵よ」とありますが、暗く地獄のような場所に対しても、私たちは主の名をほめたたえさせることができるのです。

 では、どうしたら、彼らを主の前に引き出して、主の名をほめたたえさせることができるのでしょうか。そのことに関して、一月一日にも話しましたが、信じてバプテスマを受けるならば、絶大な権限、天においても、地においても、一切の権限が与えられて、悪魔と悪霊どもを捕らえて、彼らを捕虜として、凱旋の行列に引き出すことができると告げています。

 今日読んでいただいたコロサイ二章は、主を信じる者たちに与えられている権利です。すごい事が記されています。すでにお話ししましたので、深くは掘り下げませんが、二章十二節〜十五節、今年、私の心に強く響いている言葉です。二章の十二節から、いつも洗礼式の時に読ませていただいています。

『あなたがたは、バプテスマによってキリストとともに葬られ、また、キリストを死者の中からよみがえらせた神の力を信じる信仰によって、キリストとともによみがえらされたのです。あなたがたは罪によって、また肉の割礼がなくて死んだ者であったのに、神は、そのようなあなたがたを、キリストとともに生かしてくださいました。それは、私たちのすべての罪を赦し、いろいろな定めのために私たちに不利な、いや、私たちを責め立てている債務証書を無効にされたからです。神はこの証書を取りのけ、十字架に釘づけにされました。神は、キリストにおいて、すべての支配と権威の武装を解除してさらしものとし、彼らを捕虜として凱旋の行列に加えられました。』

イエス・キリストを信じ、バプテスマを受けるとは、死を打ち破り、よみがえりのポジションに立つことです。
 私は「悪霊を捕虜とせよ」という本を書いたのですが、イエス・キリストを信じるならば、悪霊どもを捕虜にできるのです。今まで私たちに立ち向かってきた軍団を捕らえて捕虜としたら、煮て食おうが、焼いて食おうと、こちらの思うままです。
 前にもお話しましたが、飯田線も捕虜の人たちによって造られたような路線です。ここから二時間くらい奥に行くと、平岡という村があり、平岡ダムがありますが、連合軍の捕虜とか、中国人の捕虜たちが連れて来られて、ダムを作らされたのです。そこで大勢の捕虜たちが死にました。戦後、捕虜収容所の所長たちは、A級戦犯となり、絞首刑になっています。なぜならば、捕虜たちに無茶苦茶な扱いをしたからです。
 捕虜になったら、絶対服従になるわけです。地上でもそういうことが起こるとしたら、見えない世界でも同じです。
悪霊どもを捕虜にしたら、どうしますか。今まで我々に反抗してきた悪い連中です。そいつらに対して、なんでもできるとしたら、嬉しいじゃないですか。
イザヤ書十四章十六節〜十七節(新共同訳)に、こんな言葉があります。

『お前を見る者は、まじまじと見つめお前であることを知って、言う。「これがかつて、地を騒がせ国々を揺るがせ世界を荒れ野としその町々を破壊し捕らわれ人を解き放たず故郷に帰らせなかった者か。」』

 人類はやがて知る日が来るのです。人類を不幸にしたのが誰であったか分かるのです。「おまえだったのか!俺たちにこんな苦しみを与えたのは、おまえだったのか!」と知る日が来るのです。
 しかし、すべて世が終わってから知っても、なんにもならないのです。今、この時点において、誰が人類を苦しめているのかを知らないといけないのです。
 それは誰かというと、イザヤ書十四章に出て来るように、「悪魔とその勢力、悪霊ども」です。しかし、主を信じる者たちには、悪霊どもさえ捕らえて、捕虜にできるのですから、すごいじゃないですか。「よくも俺たちを苦しめたな!」と、パンチを喰らわしたところで、何もなりません。
しかし、彼らは元々、主の名をほめたたえていた存在ですから、私たちが彼らに主の名をほめたたえさせたら、神にとっても回復であり、人が主を賛美するのとは比べものにならない、すごい賛美をすると思われます。

 もしも悪魔の組織の中に分裂が起こったら、悪魔の国は立ちゆかない!とありますが、私たちが悪しき力に対して命令を下して、「おまえたちも主をほめたたえろ!」と宣言するならば、元々、主を礼拝していたものたちが、囚われの身ではあっても主をほめたたえるようになったら、他の領域にいる悪霊どもにとっては、大きなジェラシーではないでしょうか。その結果、悪魔の組織は壊れるのではないかと思います。

 悪霊どもを捕虜として、彼らに命じてやってください。主の名をほめたたえろ!と。すべての被造物の口を封じ、主の名をほめたたえさせないようにしたのは、悪魔と悪霊どもです。
しかし、クリスチャンが被造物の縄目をといて、被造物に主の名をほめたたえさせるというのは、同時に、悪霊どもが捕虜となっている証拠です。
 捕虜となった悪霊どもに、主の名をほめたたえなさい!と宣言する時に、地は揺れ動き、天は揺れ動き、神の国がこの地上に現されるのではないでしょうか。

 そんな中、悪霊どもが最も強く働いている現場についても、お話をさせていただきました。今、悪霊どもが最も多くの軍団を投入している現場は、ダニエルの預言からも分かるように、鉄と粘土が混じった領域です。

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TPPからも分かりますが、現代においては経済連合です。
 経済の領域は、悪魔が勢力を最も多く派遣して、支配している領域です。

 金がなかったら、私たちは生きることが出来ません。しかし、金の領域に悪魔・悪霊どもが、最も強い軍団を派遣し、人々を滅びに向かわせているのです。ということは、経済の領域を勝ち取ることは、現代においては最も大きな霊的戦いなのです。

 ある時、パウロとシラスがピリピという街に行きました。そこで占いの霊に憑かれた女奴隷から、悪霊を追い出した記事があります。悪霊が追い出される様子を見て、街の人々はびっくりして、主をあがめたのですが、パウロとシラスは後に捕まえられて、牢に入れられて、殺されそうになりました。なぜかというと、女奴隷を使っていた主人が、女奴隷から悪霊が出て行ったことにより、占いができなくなって儲からなくなった為でした。それでパウロとシラスを訴えて、牢屋に入れたのです。
 ということは、占いの霊よりも、経済活動の中で働いていた悪しき勢力のほうが力が強かったということです。パウロたちは占いの霊には勝ったかもしれないけれど、ピリピの街の経済を底支えしていた、占い産業の領域が崩れたことによって捕まえられて、牢屋に入れられたのです。

 またパウロはエペソという街にも行きました。そこで七人のユダヤ人の息子たちが悪霊追い出しをしたけれど追い出すことは出来ず、パウロは悪霊をいとも簡単に追い出したのです。街の人たちはそれを見て、びっくりして、占いの本などを焼き払って、エペソにすごいリバイバルが起こりました。
その結果、何が起こったのでしょうか。エペソの街に暴動が起こって、危うくパウロは殺されそうになりました。誰が暴動を起こしたのかと言うと、アルテミス神殿の横丁で、神殿の模型を作り売っていた銀細工人たちでした。なぜならアルテミス神殿のおかげ横丁に、お客が来なくなったからです。それで、暴動を起こしたのです。
 ここからも分かるように、偶像礼拝とか占い以上に、経済の領域に働いている悪しき勢力は、使徒の時代でも強力な勢力であったということです。
 それは現代でも同じです。私たちは経済の領域で、日々を過ごしていますが、その領域こそ、悪しき力の温床です。私たちは絶対に金の奴隷にされてはいけません。多くの人たちが金の奴隷となって生きています。金の奴隷とは、イコール悪魔の奴隷です。

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 私たちは、金の奴隷ではなく、金を奴隷として経済の領域に遣わすくらいにならなければいけません。今年は金どもを奴隷にして遣わし、不正の富を勝ち取るものになっていただきたいです。
 今日は具体的にはお話ししませんが、再来週、この事に関して、午後からセミナーをしたいと願っています。

 この頃、金が変わって、中国では電子マネーが多くなったそうです。日本もこの頃、スイカとかトイカとか、電子マネー多いじゃないですか。中国はもっと広がっているそうです。だから、中国の乞食はこんな感じらしいです。

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 缶にQRコードを貼って、乞食をやっているというのですが、世界の経済が大きく変わろうとしています。今年二〇一八年は、もしかしたら経済を勝ち取るチャンスの年かもしれないです。それはイコール、悪霊どもを捕虜とすることです。それは同時に、神の国を広げる大チャンスの年かもしれません。金の奴隷となっていたのが、逆に金を奴隷として、神の国を広げるのです。
私たちは悪霊どもを捕虜として、凱旋の行列に引きずり出し、彼らに主の名をほめたたえさせることができるのです。そんなすばらしい権限が与えられているなんて、夢にも思っていなかった私でしたが、昨年から今年にかけて、主がそのことを語ってくださっている気がします。

 人類が、なぜ地球に生きているのか。その役割は、すべての被造物に対して、主の名をほめたたえさせるために生きているということです。今週はいろんな所に出て行って、主の名をほめたたえさせる宣言をしていただきたいと思います。
 特に今日は、内側に住んでいる千兆個もの細菌類に対して、和解と、主の名をほめたたえさせる宣言をしようじゃありませんか。
 また体の七十パーセントが水ならば、それらの水が生きるように宣言しようじゃありませんか。そしたら、今まで治らなかった病気も治るかもしれません。また、いろんな変化が起こってくるかもしれないです。
 今年はそのような領域に関して、もっともっと主が、具体的に教えてくださり、結果が現れる年になることを、主の名によって宣言します!アーメン!
 
 今から聖餐式を行います。聖餐式、これは神秘です。バプテスマと聖餐式、これらは大きな神秘です。イエス様の血潮によって、神との和解、人との和解、全被造物との和解を宣言する時を持ちたいと思います。
 最後に一言お祈りして、聖餐式に移らせていただきます。


ハレルヤ。天の父なる神様、御名をあがめて心から感謝します。私たち人類に与えられた絶大な権限を心から感謝します。これから私たちが、すべての造られたものに福音を宣言することができますよう、お願いいたします。
 今から聖餐式を行います。イエス様と一つになれる事を感謝します。よみがえりのイエス様と一つとなって、悪霊どもでさえ捕虜にして、彼らに主の名をほめたたえさせることができますように。
心から感謝して、イエス様の御名によって祈ります。アーメン。