「宣教70周年-2020
 明日に向かって『将来と希望』」

  • 2020年1月26日(日)

新城教会主任牧師 滝元順
エレミヤ書29章10節〜11節

『まことに、主はこう仰せられる。「バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に帰らせる。わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。‐‐主の御告げ‐‐それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。』

 ハレルヤ!皆さん、おはようございます。ひさしぶりにメッセージを語らせていただけますことを感謝しています。

 今年は新城教会にとって、「宣教七十周年」という一つの節目の年でもあります。私は、主に大きく期待しています。様々なことがありますが、そんな中、切に主により頼んで、歩みたいと心から願っています。

 先日、ある人がこんな研究発表があったとリンクを送ってくれました。それは、音と病気の関係を示す驚異的な発見があったという見出しです。
 人間の細胞はすべて音を出しているというのです。しかし癌になると、細胞の音の調和が崩壊するというのです。それを米英の研究者たちが突き止めたというニュースでした。

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 すべての物質の根源は振動です。物質は皆、音を出しているのです。何もかも、皆さんの細胞も、私の細胞も、音を出しているそうです。その記事によると、

 “宇宙のすべての物質の中心には「振動」が存在する。雨滴、水晶、岩石、星、細胞、植物、樹木、そしてすべての生物は、震動する物質から形成されている。したがって、人間もまた「振動的な存在」であり、私たちの肉体と血液は、お互いに調和し、私たちの身体を構成する生物学的物質として現れる繊細な電磁気の周波数から成り立っていることになる。”

 すべての物質には「調和した音」が内在するというわけです。しかし、

 “オーケストラで演奏者たちが互いに異なる楽器で調和をさせていくように、生命の組織も、それぞれが非常に調和のとれたバランスで保持されているのだ。しかし、病気や不調が発生すると、複数の「演奏者」たちが不調和を起こし、生物にとって不自然な振動を引き起こす不均衡が生じる。”

 去年も語ってきたのですが、神はなぜ、万物を創造されたのか。それは「神はご自分が創造されたすべての被造物を通して、神を賛美するオーケストラを編成された」と語りました。まさしく、このことが科学的に証明されたのです。
 私たちの細胞は常に音を出して、他のものと調和して、綺麗なハーモニーをかもし出しているのです。それを可視化させると、左のような綺麗な模様になるそうですが、癌になると、その中の演奏者が、変な音を出すというのです。調和が崩れるというわけです。これからの医学で、音がどう関わっているのかを突き止めると、病の回復につながるのではないかと期待されています。それが最新の研究発表だそうです。
 すべての被造物が調和して、主をほめたたえ、賛美するようにと導かれていますが、細胞レベルで、遺伝子レベルで、オーケストラが組まれているわけです。それらが正しい位置について主を賛美するよう、祈ろうじゃありませんか。

 ですから、賛美ってすごく大事だということです。神はすべてをご自分を賛美させるオーケストラとして造られたわけですから、今日は賛美礼拝ですが、賛美とは、ただのにぎやかしとか、刺身のつまみたいなものではなくて、神の創造の原点に関わる重要なものであり、我々の健康にも関わるということです。
 ですから今日、私たちのすべての細胞が調和を持って主をほめたたえるように、祈り、賛美したいと願います。

 今年は宣教七十周年ということですが、七十周年と言っても、ただ、私の両親がこの地域に入って伝道を始めて七十年というだけのことです。神の働きは、天地創造以来、脈々とつながっていますから、その中の、ごくごく一部に過ぎないのです。

 最近、聖書の読み方が、多くの研究の結果、世界的に変わってきました。皆さんは聖書をどのように理解されているのか分かりませんが、ある人にとっては、人生の規範であったり、ある時にはマニュアルのように使われているのかもしれません。しかし本は書き始めがあって、結論があるわけです。
 聖書もそのような形で記されたのではないかという視点で研究が積み重ねられる中、「聖書は、天地創造から始まって、新しい天と新しい地の創造、新天新地創造への壮大な物語、ナラティブである。」と理解されるようになりました。
 そういう視点で聖書を読めばどうでしょうか。創世記の天地創造から始まって、黙示録では新しい天と新しい地の創造につながっています。そしてその真ん中に、十字架があります。
 私たちはイエスさまの十字架後に生まれましたから、救いにあずかることができて感謝です。しかし「イエスさまの十字架以前の人たちは、どうなっちゃったのか?かわいそうだね、まぁしょうがないね。」みたいなところがあるかもしれません。しかし、この大きな神のテーマで聖書を読むならば、それぞれの時代の人たちは、それぞれの場面を受け持った重要な人たちであるわけです。

 そして聖書に登場する様々なストーリーは、この壮大なナラティブ、天地創造から新天新地の完成という流れを縮小し、象徴して、それぞれそのテーマを担っているというのです。

 例えば、出エジプトからカナンの地への帰還も、天地創造から新しい天と新しい地に入るストーリーを象徴的に表しているというわけです。
 今日お読みしたバビロンからの解放も、聖書全体の流れを凝縮している象徴的ストーリーです。
 また、私たち一人ひとりの人生も、神の壮大な物語のごく一部を、担当させていただいており、その中身もまた、壮大なストーリーの縮図なのです。
 ゆえに新城教会が七十年の歴史を刻んだということも、この大きな流れを刻んでいて、七十年の中に起こった事柄は、壮大なスケールの縮図であると理解できます。
 そして新しい天と新しい地の創造とは、どこに結びつくのかというと、神が造られた被造物全体が、み座の前に出て、主をほめたたえる「被造物全体の賛美」につながると昨年、語らせていただきました。

 七十年を振り返って、昔話も結構出てきて、私も歳を取ったせいか、メッセージの中に昔話が多くなり、申し訳ないです。昔、父がここでメッセージを語る時、いつも昔話をしていました。それを聞きながら腹を立てていたのです。「いつも昔話ばかりで、新しい話はないのかい。」みたいなところがありました。しかし、気がついたら、自分も同じ事をやっています。これが世の常かもしれません。先々週も信弘先生が、昔話をしていましたよね。
 しかし、そういう中で振り返ると、「あぁ、本当に、あの時は神の導きがあったな!」と気づかせていただけます。

 先日、県民の森で、リバイバルミッション五十周年の集会があったのですが、平岡先生がこんなことを話していました。
 「昔、田中政男先生が私の所に来て、『あの滝元順ってどうにかならんか。修ちゃん、なんとかしてくれ。』と言ってきたというわけです。それで平岡先生は何と答えたのかというと、「いや〜、田中先生、あの滝元順、あんな不信仰な男はいないから、どうにもなりませんぜ。」と答えたそうです。そして、「あの不信仰な男が今、牧師になって働いているのが不思議でたまらん。」というようなことを語っていました。本当に、このやろー!みたいなところがありまして、でもね、私はちょっと弁解しておきたいと思います。
 なぜ、そう言われたのかというと、当時、私は賛美の世界に革命を起こしたからです。それは何かと言ったら、当時の教会音楽はオルガンくらいしか使っていませんでした。教会で電気楽器を使用することは、絶対に考えられない!という時代でした。ちょうどそのころ、世間ではエレキギターブームが起こって、私は何を隠そう、新城市に初めてエレキギターを持ち込んだ少年であったのです。
 その時代、エレキギターを持っているだけで、不良というレッテルが貼られました。一九六〇年代です。このことを知っている人は、あまり多くないかもしれません。その頃の写真、前回もお見せしましたが、どうですか。

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 エレキギターを教会に持ち込んだものだから、大変な騒ぎになりまして、私は異端児扱いでした。「牧師の息子がこんなものを持ち込んで!この不信仰ものめが!教会から出て行け!」みたいな感じでした。なんと田中先生、平岡先生まで巻き込んで、私にエレキギターを捨てさせようとしたのです。
 しかし私はあの時、なぜか知らないけれど戦ったのです。絶対やめちゃいけない!いくら追い出されたって、絶対やめちゃいかん!という強い思いで戦いました。将来きっと、教会もこういう音楽に変わる!そんな信念やビジョンは全くなかったですが、ただ、意固地になって戦ったのです。しかし今どうですか。日本の教会で、電気楽器を使っていない教会は一つもないです。
 当時、私がこういうことを始めて、グロリアシンガーズを結成したのが、日本宣教会議の議題にまでのぼりました。
 グループを結成して、いろんな場所で賛美をしました。

 それがすごく問題になりました。四十年前に録音した「子どもの頃の思い出」という懐かしいソングがあるのですが、オリジナル版でお聴かせします。義也さんに頼んだら、やっぱりドラえもんですね。

<歌>

 こんな曲なんですが、懐かしい歌です。続けて良かったなぁと思います。
 私なんか、人生で誇れるものは何もないですが、賛美の働きの一部を担わせていただいたのは、本当に感謝しています。
 今、ザワメキがあったり、教会に主をほめたたえる環境ができあがったのは、私が何か頑張ったというのではなくて、聖霊さまが働いて、私を強くして、支えてくださったことを感じるわけです。
 それが今、若い世代に受け継がれていて、この教会からプロの世界で働くミュージシャンたちも多く育っています。私の息子も感謝なことに、ベーシストになって本当に忙しく、頑張っています。

 でも、彼がどうしてベーシストになったのかというと、ここにも不思議な裏事情があるのです。

 これは四年生くらいの頃の写真ですが、下のほうに置いてある小さなベースギター見えますか?このベースを小学二年生の頃に、一人の少年からもらったからです。誰からもらったかというと、S君という少年が、息子にプレゼントしてくれたのです。初め、ギターをプレゼントしてくれたそうですが、息子はこう言ったそうです。「弦が六本もある。ベースは四本だから、そのほうが易しそうだから、ベースに変えて。」と。それでS君は、わざわざお店に行って、四本弦のベースギターを買って息子にプレゼントしてくれたそうです。
 当時、開先生がベースを弾いていたものだから、一ヶ月五百円の月謝で教えてもらいました。それで今ではプロになりました。あの時にS君がベースをくれなかったら、ロン・ブラウンの「If not for you」みたいなところがあります。彼の人生、今頃、どうなっていたのでしょう?S君は聖霊に導かれたんだぁなと、彼は息子の恩人です。

 ちょっと証し的なメッセージになってしまうのですが、私はいつかは、このことを話さなければいけないと思っていたのですが、実は、一年くらい前の話しになるのですが、この教会に素晴らしいことがありました。
 一九九二年、ちょっと悲しいことがあって、昔からの方々が、この教会から出て行って、新しい教会を作ったわけです。しかし私たちは、ずっと祝福してお祈りしていました。その教会の牧師として長いこと仕え、一生懸命働いておられた方が、S君のお父さんです。初期の新城教会を形成する為に、一生懸命働いて下さり、建築委員会の一人で、そのチームがなかったら教会は建たなかったです。こういうところは岡本正広さんに話させると、二日、三日かかるのですが、本当に感謝でした。
 実は、Sさんが、一年くらい前から新城教会に戻って来てくれました。今日も礼拝に出席してくださっています。大きな回復じゃないですか。いつかは皆さんにご報告して、ご紹介しなければいけないと思っていましたが、センシティブな問題もはらんでいたので、祈っていたのですが、一年以上経ちましたから報告します。ちょっと立っていただいてもよろしいですか?
 今、八十七歳です。しかし現役の司法書士です。これは日本で最高齢だと思います。去年、奥様を天に送られましたが、頑張っておられます。主は祈りを聞いてくださり、回復してくださるのです。
 様々な霊的戦いもありましたが、七十年を振り返る時に、神さまは、ちょっとしたきっかけを使い、大きなことに発展させてくださったと感動します。
 Sさんがこの教会に来てくださったことは、これから大きなうねりが始まるんじゃないかと、私は期待しています。回復の時が、今この地にやってきているのです。

 皆さん、七十周年に期待しましょう。私たちにとっての七十年は、神さまの働きの中ではごくわずか、瞬間ですが、同時に、天地創造から新天新地へつながる縮図でもあるのです。この教会に起こる様々な出来事も、壮大な神さまの物語に対応しながら、進んでいくのです。

 一義的に聖書は、今から二千年くらい前の人たちのために書かれた書物です。その当時の人たちに合わせて、当時の人たちが持っている考え方、物の見方に立って書かれているわけです。
 「世界観」という言葉があります。それは、物を見る時の基本的な考え方、眼鏡みたいなものです。誰でも、世界観を持っています。

 私は十数年前に、初めてブラジルに行きました。そこでブラジル人と日本人は、考え方がめっちゃ違うという、世界観の違いに驚かされました。ある時、ブラジル人が、「ちょっと待ってね。」と私に言うのです。皆さん、どうでしょうか。日本人が「ちょっと待ってね。」と言ったら、五分か十分じゃないですか。私は五分、十分待ちました。しかし全然彼は戻って来ないのです。一時間経っても来ないのです。二時間経っても来ないのです。二時間半くらい経って、涼しい顔してやって来ました。こいつ!みたいなところがあったけれど、ブラジルの「ちょっと」は、二時間くらいは余裕をみなければいけない事がわかりました。
 「じゃ、今から食事に行きましょう。」と言うのです。どこに行くのかと聞くと、「ちょっとそこまで。」と言うのです。ちょっとそこまでならば、マックかな?五分か十分と思うじゃないですか。しかしなんと、百キロ先まで高速道路を使って食事に行きました。これが「ちょっとそこまでですか?」というような感じでした。大陸に住んでいる人たちって、我々が持っている眼鏡とは違ったものを持っているわけです。

 聖書も、今から二千年くらい前に完成していますから、二千年前の人の物の見方と、現代人とは全く違いますから、まずは、聖書を理解するために、二千年前の人たちが、どういう物の見方をしていたのかを理解しないと、結構、間違った理解になってしまうのです。
 二千年前と言いますと、日本では、縄文時代にあたります。縄文時代の人たちが交わした手紙を読んで、すぐに理解できるのかといったら、普通は、理解できないと思います。パウロ書簡も、縄文人たちの手紙と同じ年代の書簡です。相当、現代人とは違う世界観があると思われます。

 十二月のことですが、「TIME」という雑誌がありますが、こんな記事が掲載されていました。

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 それは、N.T.ライトという、新約聖書と初期キリスト教が専門の神学者が、当時の人たちが天国を、どのように理解していたのかということについての記事でした。当時の人たちの考え方と、今の人たちの天国観に、大きな違いがあるというのです。
 彼が指摘しているのは、新約聖書を正しく理解するために必要な世界観、物の見方には、「ユダヤ的希望の世界観」、「ローマ帝国主義下の世界観」、もう一つは「ギリシャ思想の世界観」の三つが必要であると語っています。それらを知らないと、新約聖書を正しく理解できないというのです。ちょっと難しい話になって恐縮ですが、明日から霊的戦い専門課程がありまして、私は苦しみの中でも、さらに苦しんでこういうのをやっています。
 イスラエルにイエスさまは生まれたのですが、イスラエルには「ユダヤ的希望の世界観」がありました。聖書はユダヤ人たちが当時持っていた、神に対する希望の世界観を中心としています。しかし同時にイスラエルは、ローマ帝国主義の支配下にもありました。しかしローマ帝国は、ギリシャ帝国の焼き直しですから、思想的には、「ギリシャ思想」が幅をきかせていたわけです。

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 だから「ユダヤの希望の世界観」も、ギリシャとローマの世界観が覆い被さって、三つを正しく理解しないと、聖書の真意に迫ることができないと述べているわけです。

“新約聖書が書かれた当時、人は死後天国に行くという概念を信じていたのはローマ時代のギリシャの著述家で、神託で知られたデルフォイの新刊も務めたプルタコストを始めとする「中期プラトン主義者」だった。”

というのです。
 どうでしょうか。私たちの信仰のゴールは、天国に行くことだと理解しています。これは事実です。では、天国ってどこ?というと、「地上から去って、やがて天国に行ける。天国は死後の世界。これが最終ゴール。」と答えます。
 しかし二千年前、ユダヤ人たちは、そうは考えていなかったというわけです。

“初期のキリスト教徒は、神が人を地から救うのではなく、神が天と地を融合させて被造物を新しくし、この世をすべての病状から回復させてくださると信じていた。”

 実はキリスト教の中心は、死んで他の世界に行くのではなく、「よみがえり」にあるのです。
 二千年前の信徒たちは、現代人とは違った考え方を持っていて、

“その後、(この世をすべての病状から回復させて後)、神はご自分の民を死からよみがえらせると彼らは信じていた。神がそうするのは、救い出して新しくした被造物をご自分の民と共有するためであり、ご自身が管理しているものを、民と分かち合うためと理解していた。”

 “キリストの復活は、被造物を新しくする、この偉大なみわざの初穂であり、イエスは天と地の完全な融合をご自身のうちに体現された。つまりイエスの内に、古代ユダヤの希望がついに実現したのである。
 ポイントは天国に行くことではなく、天のいのちが地上に到来することでした。ライト氏はそう述べ、イエスが弟子たちに、「天になるごとくみ国をこの地に来たらせたまえ。」と祈った主の祈りは、それを表している。”

 何と告げているのかというと、「将来と希望」って、案外、この地上は大変だから、死んだら天国に行ける、それでいいじゃないか・・・。みたいに、現代の教会は考えていることが多いのですが、本来、「ユダヤ的希望の世界観」とは、そうではなくて、死後の世界がゴールではなく、「天のいのちが地上に到来する」ことが、中心的メッセージだというのです。

 神は今、何をなされたいのかといったら、天に溢れているいのちを、この地上に到来させたいと願っておられるのです。苦しくたって、悲しくたって、やがて神の国、天国に行ける・・・。もちろん死後の世界も、神の国の一部であることは事実ですが、それで終わりではないのです。私たちはよみがえって、地上を天国にするのです。
 すべての被造物が主をほめたたえる地として、天のいのちが地上に到来するために、神は私たちを選ばれたのです。

 ライトはかなり厳しいことを言っています。
“二世紀以降、非ユダヤ的集団は救いのメッセージを平坦化し、古代イスラエルの理解を「新興宗教的なもの」、あるいはいわゆる「救われる」というメッセージに変質させてしまった。”

 死後がゴールだと考えていたのは、キリスト者ではなく、偶像礼拝者たちがそのように考えていたというのです。死後の世界も神が支配されている天国ですが、やがてこの地が天国になりますよ、と。そして神が私たちに与えたいものは何か、それは、「天のいのちが地上に到来する」ことを願っておられるのです。
 「将来と希望」とは、この地上から去ってユートピアに行くのではなく、この地が天国になる、神の百パーセント支配に変えられることです。それが神が最も願っておられることなのです。
 以前にも神殿が、神が人と出会うために用意された特殊な空間だと語りました。これもベクトルが「天から地へ」です。「地から天」ではなく、「天から地」です。「天が開けて」と賛美しましたが、天にある祝福が地上にもたらされるのです。ベクトルの方向を逆にしなければいけないと、指摘されているわけです。これが二千年前の「ユダヤ的希望の世界観」でした。しかしギリシャ神話の世界によって、それがひっくり返されたわけです。

 今までは、「地上を去って天に行く。天国は死後の世界。それが終結。」と多くのクリスチャンは考えていたのですが、そうではなく、神の国が地上に現わされて、天の祝福が地に侵入する、これが神が最も願っておられることであるのです。
 ですから、「リバイバルって何か」と言ったら、多くの人たちがイエスさまを信じて、死後天国に行く。もちろんそうですが、天の祝福が地に侵入することが、最も神が願っておられるリバイバルです。

 一月一日にも少しお話しさせていただいたのですが、神さまが天を開いて地に介入されたリバイバルの歴史は世界中にあります。
 しかし宗教学者がそれらを調べると、「世界各地で発生する宗教運動を類型化すると、生成、発展、対抗、迫害、円熟、そして衰退へと推移する。」と論じています。そして「日本のキリスト教界も例外ではない。」と述べています。
 どんな働きでも、生成期、発展期は燃え上がるのですが、やがて影響力が大きくなると対抗勢力が出て迫害されたりします。そうなると丸くなって円熟期を迎えるというのです。すると今度は発展することなしに、衰退していくというのです。これが世の常だというわけです。
 日本のキリスト教会は、戦後始まった教会が多いですから、七十周年くらいを迎えている教会が多いのです。その結果、こんな年齢分布になっています。

 「二〇三〇年には教会員の三分の二が健康寿命に関わる七十五歳以上になり、奇跡が起こらない限り、教会員数は三分の一、教会数は半数になる。」というのです。そして現在、日本の教会の牧師の平均年齢は七十歳だと言われます。私は今年、六十九歳です。私と、さほど変わらない、平均年齢だなぁと。
 そしてクリスチャンの平均年齢は六十歳です。でも新城教会は若い人たちもいますから四十代です。しかし放っておくとこういう過程を辿っていくわけです。そして消えてなくなってしまうのです。
 どこに原因があるのかというと、やはりゴール設定が悪いと思うのです。「いろんなことがあるかもしれないけど、やがて天国、死後の世界がゴールだからね。そこで会えればいい。」と理解をしています。この地が天国になるということを忘れていますから、この地は混沌としたままなのです。
 クリスチャンは何をしなければいけないのか、この地が、すべての被造物と共に回復して、主の栄光が現されるよう真剣に祈らなければいけない!それも人だけではなく、被造物全体が神の栄光の中に入れられるという視点が必要なのです。それを理解する必要があることを教えられます。
 これから教会が明日に向かって、将来と希望を持って歩むことができるとするなら、やはり、祈りが必要です。

 実は東三河一円は、日本のキリスト教史に残るリバイバルが起こっています。初めに、父の故郷である津具で起こり、その後の影響で新城にも教会が明治時代にできているのです。
 大正と昭和の時代には、飯田でリバイバルが起こっています。近代キリスト教史の中でリバイバルが起こったのは、津具、飯田、新城などこの地域です。この地に神は天を開かれて、天を地に引き下ろされたのです。私たちは七十年を迎えて、その働きを受け継がせていただいています。そこには、大きな責任があると思います。
 飯田で起こったリバイバルについて、この間も少しお話しさせていただきましたが、国立民族学博物館調査報告に、飯田市で行われた祈祷会に聖霊が注がれて、リバイバルが起こった様子が記録、保存されています。この集会はどんなものだったかというと、

“集会は始めより聖霊の臨在あざやかに、サタンの妨害を許さず、聖書は旧約より新約より流るる如く御器を通してはたらき、探らるる者、掘り下げらるる者多く、涙をともに流しつつ悔いくず折れて祈り、ひたすら主の前にさけび求むる一つの声となり、俄かに天開かれた如く、聖霊の大傾注となりまして、ハッキリと救わるる者、慰められた者、癒しを受けた者など続出、立ち上がって感謝する人、大声で賛美する者、聖霊が降り、会衆は号泣の中に打ち崩れ、恵みの座も講壇も、泣き叫ぶ人々で満たされ、ある者は確実に救われ、ある者はきよめられた。会衆は時間が経っても帰る者は一人もなく、席を立つ者は外に出て悔改めの祈りをしては、また教会に戻ってくる。まさにペンテコステ的光景で、ぶっ倒れる者、踊る者、はねる者さえあった。さらには聖霊に満たされて踊り回る状態に、「聖霊踊り」などという、巧みな命名もなされた。”

と記録されているのです。すごいですね。飯田で起こったのです。
 一九九二年に聖霊が注がれた時にもこんな状態でした。そこには真剣な祈り、悔い改め、叫び、うめきがありました。ゆえに、リバイバルが前進したのです。
 七十年を迎えて、この教会にもう一度、主はリバイバルを願っておられると信じます。

 普通は七十年も経つと働きは安定します。しかしエレミヤはどのように告げているのでしょう。エレミヤ書二十九章四節〜七節、

『イスラエルの神、万軍の主は、こう仰せられる。「エルサレムからバビロンへわたしが引いて行かせたすべての捕囚の民に。家を建てて住みつき、畑を作って、その実を食べよ。妻をめとって、息子、娘を生み、あなたがたの息子には妻をめとり、娘には夫を与えて、息子、娘を産ませ、そこでふえよ。減ってはならない。わたしがあなたがたを引いて行ったその町の繁栄を求め、そのために主に祈れ。そこの繁栄は、あなたがたの繁栄になるのだから。」

 ユダの人たちは奴隷としてバビロンに連れて行かれました。しかし奴隷の子孫がバビロンで家を建て、畑を作って、定着してしまうと、家族ができますから普通は安定するのです。円熟期に入るのです。「まぁ、こんなもんでいいかな、俺らの祖先は七十年前にユダから引かれて来たけれど、バビロンも結構いい。」
 バビロンは当時、世界最大の都市でしたから、奴隷という身分であっても、結構、安住すると思うのです。
 しかしエレミヤは、捕囚として引かれて行った当初からこう告げて警告しているのです。
 「そこで増えてくれ。」と。それも、円熟するためではない。「七十年経ったら祖国に戻してやるから、そのためにおまえたちは力を蓄えてくれ。やがておまえたちは、もう一度自分の国に戻るのだ!」と初めから、主はエレミヤを通して語っておられたのです。
 私たちも七十年経って、教会も円熟して来ました。施設も整ったし素晴らしいですね。今日はキムチ販売もあります。福子のキムチ、世界一です。売り上げは世界宣教のために用いられます。是非ともお買い求めください。アイスクリームショップもあります。
 いずれにしても、教会の施設も整って、安泰だねぇ、みたいになって祈りをやめてしまいがちです。「死後の世界がゴールだから。」みたいになってしまうと、結局のところ衰退してしまうのです。
 「その街の繁栄を祈れ!」と神は言われました。バビロンとは敵のただ中です。その街を勝ち取るために、繁栄を祈れと言われます。「そしてやがてあなたがたを元住んでいた国に戻しますから。」ということです。私たちにも主は同じように語っておられるのではないかと思います。

 私たちのゴールは死後の世界ではありません。それも一つのゴールではありますが、そこからよみがえって、イエスさまと共に、この地を天国とするのです。そのために私たちは力を蓄え、この地を変革するのです。天を開いていただいて、天の祝福が地に下りて来るよう、真剣にとりなし祈らなければいけないのです。

 父の記念室が会堂二階にあるのですが、先週、そこに行って祈っていました。そこに父が長い信仰生活で使った聖書が、何冊も置かれていました。聖書ってボロくなるので新しいのに買い替えるじゃないですか。この頃も新改訳2017が出て、新しい聖書を買わなければならない経済の原理が働いています。それはどうかなと思うのですが、でも、古くなった聖書をゴミ袋には捨てられません。親父も十何冊、聖書があるのです。息子も一冊持って行って、それを自分の聖書にしているのですが、「親父は何冊も聖書使ったものだなぁ。」と思いました。
 そしてなにげなく、その中の一冊を手に取って開きました。そうしたら、明じじいの預言とも言うべき、一つのみ言葉が記されていました。

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 二〇〇三年に記したようですが、私がこの一冊を引っ張り出さなかったら、永久に出てこなかった言葉です。「百倍、千倍」と書かれていて、次に、

『すべての国民は、あなたがたをしあわせ者と言うようになる。あなたがたが喜びの地となるからだ」と万軍の主は仰せられる。マラキ三章十二節』「二〇〇三年、新城教会へ」と書いてあったのです。

 彼はどういう気持ちでこの言葉を書いたか知りませんが、誰にも見せはしなかったと思います。二〇〇三年に祈っていて、「将来の新城教会へ、このことばをあげますよ。」と主が語られたのではないかと思います。それで彼は聖書の裏表紙に、記したみたいですね。
 七十周年を迎えましたが、もう一度エンジンをかけ直して、主の前に出て叫んで祈り、ゴールを死後の世界ではなく、この地を神の国とするんだ!という新天新地にゴールを合わせる時、このことばが実現するのではないでしょうか。

『すべての国民は、あなたがたをしあわせ者と言うようになる。あなたがたが喜びの地となるからだ」と万軍の主は仰せられる。』

 七十周年、このことばが実現したらいいなと思います。まさかのことばが見いだされたわけですが、かつてこの教会で共に礼拝していた兄弟姉妹たちの多くが、死後の世界に入りました。そこも一つのパラダイスですが、彼らは何を考えているのかというと、早くすべての被造物が回復して、この地によみがえりたい、この地で全被造物と共に楽しみたい、主を礼拝したいと考えているのです。そのために私たちはこの場に置かれていることを深く認識したいと思います。
 神はすべての被造物を通して、神を賛美するオーケストラを編成されたのですが、オーケストラをどこに置かれたのかと言うと、死後の世界にではなく、混沌とした、最悪に見えるこの地に置かれたのです。すべての造られたものが、この地で主をほめたたえるようになることが、最終ゴールです。今週も勇気を持って進んでいきたいと願っています。

 最後にみなさんと一緒に聖餐式を持って、今日の礼拝にかえたいと思います。私たちのゴールはどこにあるのか。この地が天国となることです。天の祝福をこの地にもたらせたいと主は強く願っておられます。この地を変えていただくために、私たちの祈りが必要です。そして戦いが必要です。そのために今日はイエスさまの十字架の血潮をあおいで主の前に出て行きたいと願っています。一言祈ります。

 ハレルヤ天の父なる神さま、感謝をいたします。七十年が満ちたこの時に、私たちは主の前に出ています。あなたはこの地を回復し、この地を天国にしたいと願っておられることを学びました。そのために私たちを用いてください。そのためにイエスさまは十字架にかかってよみがえってくださいました。
 天においても、地においても、一切の権威を持たれたイエスさま、あなたと一つになって、天の祝福がこの地に引き下ろされる礼拝にしてください。今からのこの聖餐式を祝福してくださいますように。イエスさまのみ名によって祈ります。アーメン。