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「ニューイヤーセレブレーション」

2020年1月1(火)
新城教会主任牧師 滝元順

 <70年の歴史のスライドショー>

 主に大きな感謝の拍手をいたしましょう!一口に七十年と言いますが、長いです。この会堂は建てられて、今年で四十年になります。しかし四十年経ったにしては結構、居心地が良いのではないでしょうか。
 クリスマスからこのかた、会堂に来て、「おっ!ちょっと変わったぞ!」と気づいた方はおられますか?実は私も、どうしようかなと思っていたところでしたが、玄関の壁にカビが生えて真っ黒になっていました。しかしそれが洗われて綺麗になりました。またミッションセンターの屋根下の壁も汚くなっていて、どうしようかと思っていたら、なんとこの教会のペンキ屋さん、長谷川さんがボランティアで高所作業車を持って来て、洗ってくれました。それで綺麗になりました。感謝してくださいね。
 教会にはいろいろな賜物を持った方がおられて、いろんなところに配慮してくださり、メンテナンスしてくださっています。それで長く用いられているわけです。
 私たちも時間が経つと、罪の汚れが付いて汚くなります。しかし、教会に来て、一年の始まりにイエスさまの十字架の血潮をあおいで、綺麗にしてもらって始めるのは、すばらしい特権です。

 二〇二〇年、どんな年になるのか、いろいろ不安もあります。昨年、二〇一九年は、皆さんにとってどんな年でしたか? 
 二〇一九年、私にとっては大変な年でした。二〇二〇年は、新城教会にとって宣教七十周年です。私たちは心から感謝しているのですが、神さまも、私たちに感謝してくださっているような気もします。上の者が下の者に感謝する時には、必ず、感謝状とか、記念品を贈ります。この教会には、いろいろな病で苦しんでいる方々とか、問題で苦しんでいる方々がおられます。それらの解決、癒やしの感謝状に繋がったらいいな、と心から祈っています。

 そもそも世界の宗教活動は、宗教学者たちの調査によると、次のように推移すると論じられています。

“宗教学者たちの調査によると、世界各地で発生する宗教運動を累計化すると、「生成、発展、対抗、迫害、円熟、衰退」へと推移する。そして日本のキリスト教会も例外ではない。”

 キリスト教も他の宗教も、だいたいこのような経路を辿るというのです。現在の日本のキリスト教会のほとんどが戦後、始まりましたから、七十年くらいの歴史です。日本キリスト教団のデータですが、全体が高齢化して二〇三〇年になれば、教会員数は三分の一、教会数は半数になる可能性があるというわけです。これは世の常なのです。
 いろいろな働きの初期は、誰でも心を燃やしてがんばります。その結果、働きは進展するのですが、活動が盛り上がると、働きに対する対抗勢力が出てきて、目立つほど迫害されるようになるわけです。
 キリスト教会は、日本ではマイノリティーです。しかし、これが国民の二割、三割となったら、クリスチャンが経済的に、政治的に影響を与えるようになりますから、やはり既成権力と必ず、対抗しなければならなくなります。そして迫害も起こってくるのは当然です。リバイバルが起これば、必ず、迫害も起こるのです。
 迫害されれば、誰でもへこみます。私たちも多少、体験しています。いろんなことを言われたりしてへこんで、だんだんと角が取れて丸くなります。すると働きは円熟するわけです。しかしそうなると、円熟するのは良いのですが、最初の熱意は失われて、全体的には衰退するのが世の常なのです。

 先ほど、新城教会の七十年の歴史を見させていただきましたが、新城教会は、ちょっとこの法則に反しています。生成→発展→対抗→迫害→円熟→衰退ではなく、ある意味、七十年間で働きが拡大しています。これは主に感謝しなければなりません。七十年間で働きが拡大し、今や世界にまで進出しています。これはある意味、ただごとではありません。
 私たちは神に心から感謝すると共に、これからが大事な時期ではないかと感じています。

 日曜日の夜、「七十周年感謝夕食会」と、「感謝聖会」がありました。教会で長いこと信仰を持って、がんばってくださっている兄弟姉妹が証しをしてくださいました。最初は、佐野守孝兄弟が細かく、やはり建築家ですね。初期から自分のクリスチャン人生と重ね合わせて、教会の歴史を説明して下さり、よく分かりました。
 その後は、鶴田けい子さんと、伊藤義也さん、そして、おなじみの岡本正広さんが話して下さいました。岡本家の方々は話しをあらかじめ計画すると言うよりも、思いつきで話すタイプで、それがまたおもしろいのです。鶴田けい子さんが、何を話したかというと、私とか開が、現在、こうやって働いていますが、「あの悪ガキたちが、今、こんなふうにして、世界で用いられているのは信じられん!」と言うのです。
 でも、問題発言もしていました。「順は長男でわがままで、みんながボロい自転車に乗っていた頃、五段切り替えの最新の自転車に乗っていた!」と言うのです。
 しかしちょっと訂正しておきたいのです。五段切り替えではありません。十段切り替えでした。写真を見せてあげましょうか。これですよ。

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 すごいでしょう。でも、言っておきますが、わがまま言って買ってもらったのではありません。母方のじいちゃんが買ってくれたのです。実は私のじいさんは、橋本清之助といって、ネットで検索してみますと、正力松太郎の側近で、日本に原発を持ってきた人物の一人です。政治と戦争に深く関わって戦犯にまでなった人物です。ばあちゃんは、彼と離婚したものだから、清子さんは橋本との間の子だったわけです。私は孫で、彼は時の権力者でした。それで買ってくれたのです。

 そういうことで、ある意味、私はいろんな意味で先駆者みたいなところがありまして、もう一つ、岡本正広さんが話していたのですが、私が中学生の頃、新しい音楽が日本に入った時代でした。特に私の中学生時代に、エレキギターが入ってきました。当時、「勝ち抜きエレキ合戦」という番組がありました。それを「私は知っている!」という人、スイッチオン!いますね!私は、毎週見ていました。ベンチャーズとか、ビートルズなんかが入ってきて、日本の音楽界は大きく変わりました。
 当時、エレキギターを弾いている連中は「不良」というレッテルを貼られた時代でした。今日もここで、頌がエレキを弾いていましたが、不良です。
 それにどっぷりはまったのが、何を隠そう私でした。自慢じゃありませんが、新城市で初めてエレキギターを購入し、弾き始めたのが誰かというと、この私だったのです。しかし教会の牧師の息子がエレキギターを弾くのは、まずいんじゃないかい?不良の代名詞!ということで、教会で大迫害が始まりました。やっぱり対抗と迫害はくるわけです。その頃の写真もありますよ。

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 ほら、見てください。不良に見えますか?すごくよさそうな少年じゃないですか。しかしこの時代、エレキギターを持っただけで不良でした。教会で大迫害に遭いました。「こんなものを持ち込みやがって!」と、父からも迫害されました。しかし、私は迫害にめげませんでした。円熟もせずに、戦い続けました。
 それで何が起こったのかといったら、岡本正広さんが話していましたが、その後、この教会の音楽が変わりました。今や、ザワメキがあったり、この教会からプロのミュージシャンたちが多く出ています。どうして、多くのミュージシャンが出たのかと言ったら、私がちょっとがんばったからです。だから、堅志や頌は、私に感謝のお年玉持って来い!みたいなところがあるのですが、私がエレキを弾くようになって、グロリアシンガーズができました。

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 当時の写真です。すごいでしょう。開も若いね。同じポーズで写真を撮ってみました。

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 人間って変わるものですね。でも、グロリアシンガーズをやったものだから、ザワメキもあるし、今のミュージシャンたちもあるのです。その時は分からないですよね。当時よく歌っていた、「ひとつの道」という歌があります。聞いていただきたいと思います。義也さんに頼んだら、ドラえもんのポケットですね。私たちの初期からのすべてのアルバムを持っていました。音が良いのは二〇一五年に再録音した一つの道です。ではお願いします。

<歌>

 グロリアシンガーズも長いことやりました。それで、新城教会の音楽も変わって今があります。目の先だけでは人生って本当に判断できないと思います。
 人生は、様々な働きの中で、対抗勢力が出てきたり、迫害があったりしますが、それに立ち向かい、主から委ねられた働きを続けなければいけないですね。
 私の両親も、七十年前に津具村に入って宣教を始めました。当時は何もなくて、実家から強く迫害されました。宣教は一九五〇年にスタートしました。初めは、椎茸の乾燥小屋で礼拝をやっていました。その頃の写真はないのですが、私が結婚した当時、家内と父の実家に挨拶に行ったのが、この写真です。

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 後ろにあるのが両親が宣教を始めた家です。ここから七十年後、こんなに大勢の方々が集まるなんて、全く予想してなかったと思います。
 ただ、主から与えられた使命を果たすために、真剣に、一途に戦ってきた結果として、今を備えてくださったことを覚えて、心から感謝する次第です。

 先ほども話しましたが、どのような宗教活動も、やがては衰退に向かっていくというわけです。世界のリバイバルといわれるような聖霊の働きも、悲しいことに、同じ過程を辿っています。宗教学者は、クールに運動そのものを分析しています。ある意味、一つの法則みたいなものです。
 しかし、本来、教会は、このような一般法則を打ち破らないといけないはずです。

 実は日本に、大正と昭和の時代に、リバイバルが起こった記録があります。しかし残念ながら、それも短い期間に衰退しました。「衰退した原因を調査する時、そこには特殊な時代背景と、数々の内部問題があったことも認められている。」とレポートされています。
 それは国家神道最盛期に起こりました。結果的に迫害され、衰退していったわけです。
 しかし同時に、「これは確かに神が日本に介入されたという、紛れもない証し」でもあるというのです。

 実は、「国立民族学博物館調査報告」という国の機関が、「キリスト教と文明化の人類学的研究」という論文を残しています。大正と昭和に起こったリバイバルを、様々な当時の記録などから、論文化して残しています。大変貴重な国が認めている歴史的資料です。それは長野県の飯田市で起こったリバイバルの記録です。どんな形で起こったのかというと、祈祷会に激しく聖霊が訪れたというのです。彼らはその集りを「サタン打ち」と名付け、悪魔と戦う集会!と位置付けました。その集会の様子はどんなだったか、当時の記録によると、

“集会は始めより聖霊の臨在あざやかに、サタンの妨害を許さず、聖書は旧約より新約より流るる如く御器を通してはたらき、探らるる者、掘り下げらるる者多く、涙をともに流しつつ悔いくず折れて祈り、ひたすら主の前にさけび求むる一つの声となり、俄かに天開かれた如く、聖霊の大傾注となりまして、ハッキリと救わるる者、慰められた者、癒しを受けた者など続出、立ち上がって感謝する人、大声で賛美する者、聖霊が降り、会衆は号泣の中に打ち崩れ、恵みの座も講壇も、泣き叫ぶ人々で満たされ、ある者は確実に救われ、ある者はきよめられた。会衆は時間が経っても帰る者は一人もなく、席を立つ者は外に出て悔改めの祈りをしては、また教会に戻ってくる。まさにペンテコステ的光景で、ぶっ倒れる者、踊る者、はねる者さえあった。”

と記録しています。これはホーリネスの群れに起こったリバイバルで、この群れは当初は千五百人くらいの会員数でしたが、十年間で一万人以上に成長しました。
 しかしながら、迫害があったり、内部に様々な争いがあり、聖書の教えから外れたところがあって、別の方向に逸れて、働きはしぼんでしまったのです。しかし、「これは確かに神が日本に介入されたという紛れもない証し」でもあるわけです。
 日本に主が介入された証しが、近代史の中に残されているのです。国がその運動を論文化するくらいのことが起こっているのです。
 ということは、神が始められる仕事は、聖霊によって始めますから、聖霊によって始まることは、決して、肉によって終結させてはいけないのです。聖霊によって完成しなければいけないのです。
 それは一般的な衰退の流れにはまるのではなく、円熟の後に、大発展を遂げなければいけないですね。
 私たちも、「宣教七十周年」ですが、ある意味、七十年経った今が、大きな岐路であり、新たなる戦いの火蓋が切られる時である事を、しっかりと受け止め、理解しなければいけないと思います。
 現在、起こっている様々な戦いも、宣教七十周年と同期しているような気がします。これは教会全体のすべての兄弟姉妹に共通する戦いであると認識し、円熟して衰退するのではなく、打ち破り、勝ち取らなければいけないのです。なぜなら日本にはすでに、主が直接介入された記録が、近代の歴史の中に残されているからです。
 七十年を振り返る時、新城教会は一般的パターンからは少し外れているような気がします。衰退よりも、教会が様々な領域に拡大している現実を見ています。この歴史と現実を見る時に、これからが勝負であり、私たちに大きな責任が託されていると信じます。

 今回、祈っている中で与えられたみことばは、有名なみことばです。エレミヤ書二十九章十節〜十一節。

『まことに、主はこう仰せられる。「バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に帰らせる。わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。‐‐主の御告げ‐‐それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。』

 ここには、七十年も経ったら衰退するという、この世の一般原則に反することが記されています。七十年経ったら、『わたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に帰らせる。わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。』とあります。
 私たちもこのみことばを、信じ、固く握らなければいけないですね。

 イスラエルは、初めは一つの王国でした。しかし以前にもお話ししましたように、後に、イスラエル王国とユダ王国とに分かれてしまいました。その理由は、彼らが天地宇宙を造られた神を礼拝するのではなく、偶像礼拝に陥ったからです。
 その結果、イスラエル王国はアッシリアに攻め込まれ、ユダ王国はバビロニア帝国に占領され、多くの人たちはバビロンに捕囚として引かれて行きました。
 世界に分布しているすべての偶像のルーツはどこかと言ったら、「バビロン」が起源です。日本の偶像も調べてみれば、ルーツはバビロニア帝国の首都、バビロンです。
 イスラエルの人たちが、あまりにも偶像礼拝に熱心になったので、神は、「おまえら、そんなに偶像の神々が好きならば、偶像礼拝の本拠地、原点に送ってやる!」とバビロンに連れて行かれたのです。彼らが偶像礼拝の本拠地にたたき込まれてみて、初めて偶像礼拝の本性に気づかされたのです。そこで初めて、敵の面前で、本気になって神の前に真剣に悔い改め始めたわけです。
 しかしすでに神は、預言者の口を通して、七十年経ったらもう一度、ユダ王国を回復する!と、約束していました。エレミヤが語った預言は、七十年後に実現したのです。クロスという王の心が変わって、ユダの人たちを母国に帰すことが決定されたわけです。それが捕囚後、七十年後の出来事でした。
 単純にこの出来事を、自分たちに適応させることは出来ませんが、「信仰によって」重ねる時、神が幸いな計画を始動してくださるのが、「七十年目」からという区切りに期待します。

 今年は同時にリバイバルミッションの前身となった、リバイバルクルセードが始まって五十周年です。またプレイズ出版が始まって三十周年。何か大きな区切りの年を迎えているように感じます。

 私たちの教会は、あまり記念日づいてはいないのですが、聖書に基づいて、七十周年とか、五十周年を意識するのは、意味があるのではないかと思います。
 五十年に関して、レビ記二十五章十節、

『あなたがたは第五十年目を聖別し、国中のすべての住民に解放を宣言する。これはあなたがたのヨベルの年である。あなたがたはそれぞれ自分の所有地に帰り、それぞれ自分の家族のもとに帰らなければならない。』

 今週の日曜日、開先生のメッセージの中で、ヨベルの年に関しても語られました。神は「七」という一つのサイクルを創造されましたが、六年働いたら一年休めという、法則もその一つです。土地に関して、被造物全体に対して、七年目は安息年を備えました。
 そして七の七倍、四十九年の翌年、五十年目は、ヨベルの年と呼ばれ、イスラエルにおいて最大の回復の年でした。どんなことが成されたのかといったら、土地は始めの所有者のもとに戻されました。イスラエルにおける土地売買は日本とは違って、借地権付きの売買でした。ヨベルの年まで何年かということで、土地の値段が決まったようです。なぜならヨベルの年になったら、土地を所有者に返す必要があったからです。借金をしている人たちも、ヨベルの年になると借金がちゃらになりました。また奴隷たちも解放されて自由の身になりました。大解放の年が「五十年目」に訪れたのです。このように七十年、五十年というのは、聖書的には大きな意味があるのです。

 このような聖書の原則と共に、信仰によって当てはめる時に、何か、二〇二〇年は、神の偉大な計画があるように感じます。ゆえに、そのことを知っている悪魔どもも、真剣に対抗し、働きをとどめてしまおうと働いているように感じます。
 去年の暮れから私は「皆で心を一つにしましょう。」というメッセージをさせていただいています。新城教会の初期には、こんなすばらしい会堂もなかったし、冷暖房設備もなかったし、荒っぽいところがありました。それでもみんな一致して、一生懸命がんばったのです。今はある意味、円熟してきました。なんと教会内にアイスクリーム屋さんまでありますから。円熟しちゃうと、「やれやれ、こんなもんだ。」と、腰を下ろしてしまう傾向があります。
 しかしそこに罠があるのです。初期の兄弟姉妹たちは、「神の宮を建てるんだ!」と心を燃やしました。鶴田けい子さんが、「当時は貧乏人の集団だった。」と話していました。中には一人くらいは…と思うのですが、全体的にはみんな本当に貧しい人たちばかりでした。それでも真剣になって、祈って、献げて、このような遺産を残してくれました。
 これを当然としてはいけません。バネにして、将来に向けて働いていかなければいけないことを、私たち、強く教えられるわけです。
 七十周年が、ただ単なる年を経た節目ではなくて、神が幸いな計画を実行される節目の年であると意識して、この時にこそ、戦って勝利する者達になりたいです。衰退ではなくて、大きな勝利を見させていただけるように期待します。

 私たちが過ごしている時間は、不変のものではありません。昨年も話したのですが、時間とか空間は物質です。それが今日の物理学で分かってきたわけです。私たちは時間は、過去→現在→未来に流れる、と考えますが、これも神が創造された物質そのものです。空間も神が造られた作品です。被造物です。ということは、私たち管理人に任されているものであると信じます。
 霊的存在は、私たちのように、過去・現在・未来に囚われずに、過去も現在も未来も、縦横無尽に動き回れる存在であると思います。過去に犯された罪や問題をうまく駆使しながら、我々の未来に、障害物を置くのではないかと思われます。
 本来は、二〇二〇年に、神さまの幸いな計画があって、私たちはそこに向かって歩んでいくはずです。しかし、悪魔は二〇二〇年の道のりのただ中に、障害物を置いて苦しめようと待っているような気がするのです。
 しかし、災いではなくて「将来と希望だ」と聖書は告げています。私たちは未来に置かれている、暗闇の力を打ち破り、神が与えたゴールに直結しなければいけないと思います。
 私は、毎日、祈っています。二〇二〇年の一月、二月、三月、四月、五月、六月、七月、八月、九月、十月、十一月、十二月、二〇二一年も、またもっと遠い未来まで、どこをたち切っても災いはない!将来と希望だ!と。悪魔が未来においたすべての爆発物を打ち破ります!と、毎日、真剣に叫んで祈っています。

 衰退させる原因は何かと言ったら、「祈りがなくなること」ではないかと思います。大正・昭和に飯田で起こった「サタン打ち」という祈祷会に聖霊が注がれた時、彼らは死にものぐるいで祈っていました。この時の集会って、尋常じゃなかったです。私たちに聖霊が注がれた時も同じで、躍る者、はねる者が多く出ましたが、当時、こんなふうに言われたそうです。

「聖霊に満たされて踊り回る状態に、『聖霊踊り』などという、巧みな命名もなされた」

 新城教会でも命名されましたが、すでに命名されていたのです。
 一九九二年、聖霊が注がれた時、聖霊踊りでみんな踊りましたが、真剣に祈って、ある意味で難関を突破したのです。
 現在、七十周年を記念して、七十時間の祈りと賛美の集会が続けられています。これもある意味で尋常じゃないですね。七十時間、賛美し、祈り続けています。しかしこれが大事なのです。七十年間、新城教会が守られたのは、祈りのプログラム、賛美のプログラムをたやさずに、堅く守ってきたところに、主の守りのみ力が現されたのではないかと思います。
 ある意味で円熟して来たただ中で、生ぬるい風呂の中に入れられた蛙のように、段々と熱くされていい湯だな・・・と死んでいってはいけないですね。どんなに円熟したように見えても、聖霊の火に満たされて、戦い続けることが必要です。
 時に、私たちの信仰が冷える時、教会全体で戦い、祈らなければならない問題を、もしかしたら、神は許されるのかもしれないです。そんな中、私たちはもう一度、腰に帯をしめて、立ちあがって、祈らなければいけないと、私は現在、痛切に感じています。

 十二月三一日は、毎年、私を除く五名の先生方がメッセージをとりついでくださるプログラムですが、今教会で働いている男性の牧師、スタッフたちを合わせると七名の牧会スタッフがいます。その他、山口長老が会計をやってくれたり、家内が手伝ったり、いろんな人たちがかかわって下さっているのですが、牧会にあたっているのは私以外、七名おられます。今までは五名の牧師たちがメッセージを取り次いだのが、今年は瀧川充彦スタッフと、鈴木陽介スタッフが加わって、五名の牧師たちと同列でメッセージを語る事になりました。私が決めたのではないです。自分たちで決めました。すごいね。
 昨晩は、メッセージを語る順番を、公開抽選で決めました。私はちょっと心配しました。充彦と陽介もいますから、最後のトリを充彦とか、陽介になったら、全体がしまるのかな?みたいな心配もありますし、公開クジはうまくいくかな?みたいな、ちょっと手に汗を握るところもあって、「主よ!」みたいなところがありました。
 しかし聖書を見ると、「くじ引きの決定は主から来る」(箴言16:33)という、みことばもあります。そして七人がクジを引きました。その順番たるや、無茶苦茶はまっていました。彼らは事前に談合したのではないかと、私は一瞬思いました。いや〜完璧でしたね。
 昨夜のトップバッターは岡本信弘先生で、次にフェルナンド先生、次に上條先生、そして、四元雅也先生、鈴木陽介、瀧川充彦、滝元開先生となったのです。いや〜絶妙、完璧ではないですか。まさに主が順番を決められ、語られたメッセージでした。本当に恵まれました。もう俺なんかいらないな・・・、と思いました。主は一人ひとりに語りかけて、すばらしい一致のあるメッセージを語ってくれました。
 毎年私は、この時間に語られたみことばをまとめて発表する役割でしたが、開先生と雅也先生で、よく祈ってまとめて下さい、と頼みました。一週間後でも、二週間後でもいいからと言ったら、なんと、夜中の二時頃、LINEで、「まとめました!」と送られてきました。びっくりです。まとめられた文章を読んで、私は感動して涙が出ました。
 一人ひとりのメッセージは、後日、文字になりますから、読んでいただきたいと思います。私は、七人の牧師たちのメッセージの最後に、「将来と希望」というみことばを付け加えただけです。メッセージをまとめると、こんなふうになります。

<二〇二〇年 主から新城教会への預言的メッセージ
 わたしは永遠を生き、歴史を作り出す神です。今年、新城教会は宣教70周年を、リバイバルミッションは50周年、プレイズ出版も30周年を数えました。
 この年、全てのわたしに連なる人たち。深みにこぎ出して網を下ろしなさい。みことばの深みに、あなたの人生に主が委ねられた場に出て行き、網を下ろすことを躊躇してはなりません。

 夕・朝・真昼にあなたの声をわたしに聞かせなさい。あなたには、あなたの状況があきらめのタオルを投げる他はないように見えたとしても、まだすることがあります。それは祈りです。聖徒たちの祈りはわたしの前に立ち上る、香の香りとして金の鉢に蓄えられています。鉢を祈りで満たしなさい。

 あなたが向かい風の中で前進しかねて、空しくオールを漕いでいるようなときにこそ、わたしはあなたに近づいて言います。「しっかりしなさい。わたしだ。」と。
あなたの弱さはあなたに救いをもたらし、わたしがともにいてあなたを助けることを、あなたに体験させます。70年の歴史の中に現された勝利をあなたは目にしました。しかし、これから後の栄光はそれに勝るものとなります。

 わたしは暗闇に輝く明けの明星です。わたしの後に義の太陽である御父が治められる栄光の御国がきます。その時に向けて、あなたの立ち位置を確認し、あなたのゴールを見失わずにしっかり進みなさい。

 あなたの履き物を脱ぎ、あなたのものをわたしに捧げ、そして戦いなさい。ヨシュアの時代に、神の民が約束の地に自ら踏み出したように、今からは、クリスチャンひとりひとりがわたしに付き従い、戦わなければなりません。心配するには及びません。わたし自身があなたとともにいるから、あなたは何処に行っても勝利します。
 決して黙り込まず、あなたの荒野に出て行って、叫ぶ声となりなさい。わたしの通る道をまっすぐに整えなさい。

まことに、【主】はこう仰せられる。「バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に帰らせる。
わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。──【主】の御告げ──それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。
エレミヤ書29章11-12節

 皆さん、これが主からのことばであると信じますか?アーメンでしょうか?七十周年を迎えて、主の偉大な計画があることを心から信じ、困難はありますが、戦い続けていきたいと願います。
 七十周年を記念して、主から私たちに、感謝状を下さると嬉しいなと、私は大きく期待している者です。
 最後にお祈りして、終わりにしたいと思います。今から聖餐式を持ちます。会堂のしみが取れて綺麗になったように、今日はイエスさまの十字架の血潮をあおいで、私たちのすべてを洗っていただきたいですね。

 今日はちょっと嬉しいことがあります。この後、バプテスマがあります。誰が受けるのかというと、私の長男の二人の娘と愛希君の三人の子どもたちが受けます。
 昨日もちょっと孫と話をしました。たみぃという子がいるのですが、なかなかのキャラですが、「おまえ、本気でバプテスマを受けるのか?」『あたりまえだよ。天国行きの切符ほしいもん。』と言うのです。「イエスさまを信じていれば、別にバプテスマを受けなくても天国には行けるよ。」と言うと、『いや、バプテスマを受けないと確信が伴わない。』と言うのです。
 今日、イエスさまを信じておられる方は、天国行きの切符を持っています。でも天国とは「死後の世界ではない」のです。地上に現されるのが天国です。それを私たちは求めていきたいと思います。一言祈ります。

 ハレルヤ、父なる神さま、感謝します。七十周年を迎えて、あなたが新城教会に特別なことを用意しておられると信じ、心から感謝をいたします。今から私たちはイエスさまの十字架の血潮を仰いで、自由になることを願い求めます。七十周年の解放を与えてください。五十周年のヨベルの年を与えてください。
 ここに備えられた聖餐を、みことばと聖霊によって祝福します。イエスさまと一つになることができますように。イエス・キリストのみ名によっていただきます。アーメン。